91 とある昼下がり
オレと愛優ちゃんを危ない目に遭わせたヤツが、それを認めた。
倉井の独自の調査通り。
店内には南国を思わせるような軽快な音楽が、楽しげに流れている。
それとは対象に、オレのこころはなんとも言えない虚無感に包まれた。
しばらくの沈黙が続く。
オレはうなだれるヤツをじっと見ていた。
クラスメイトで部活も同じ野球部の江崎悟。
悟とはよく一緒に帰ったりすることもあり、普段から割と仲良くしている。
試験最終日の2日前、帰るときに愛優ちゃんと話をした後にやって来たのも彼だった。
その後、冗談を言ってはしゃぎながらふたりで帰ったのを思い出す。
それからも部活でともに汗を流してきた良き友人だと思っていたのに。
だからそんなことをした理由を聞きたい。
そう思っていたときに、倉井が咳払いをする。
みんな一斉に倉井の方に注目した。
倉井は眼鏡の端を左手でクイッと上げる。
「では。空くん。悟くんになにか言いたいことはありませんか?」
言いたいことというか、聞きたいことがある。
だが沈黙の中、話を切り出すタイミングを見失っていたオレには、倉井のナイスアシストで言葉を繋げることができそうだ。
「なあ、悟。聞きたいことがあるんだけど」
オレは努めて柔らかい口調で話した。
「なんだよ」
少々ふてくされて悟が返してくる。
「お前さぁ。どうしてあんなことしたんだよ」
「どうしてって言われても……」
悟は口ごもるがオレは諦めない。
「理由を聞きたいんだよ。オレも愛優ちゃんも誰かに突然後ろから押されて、危ない、怖い目に遭ったんだよ。幸いケガもなく大事には至らなかったけど、なぜオレ達がそんな目に遭わなければいけなかったのか、その理由が知りたいんだよ」
「悟くんには話す義務があると思いますよ。そしてこのふたりには、それを聞く権利があると思います」
倉井は眼鏡の端を左手でクイッと上げる。
しかし悟は苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべる。
オレはつい声を荒らげてしまった。
「おい、悟! なんとか言えよ!」
すると悟は観念したような表情で、大きなため息をひとつついた。
「……羨ましかったんだよ。そして嫉ましかった」
オレには理解できない理由だった。
「なんだよ、それ」
悟は話し出した。
何度か言葉に詰まりながらも、きっと正直な気持ちを話したんだと思う。
ただ、その理由がなんとも信じがたいことで。
悟は理由は2つあると言った。
ひとつは、オレと愛優ちゃんが仲良くなっていくのが羨ましくも嫉ましかったのだと。
いろんなことを思い出す。
夏祭りの日。オレは母に頼まれて、隣町の親戚の家への届け物を持って駅のホームで電車を待っていた。
すると悟が声をかけてきて話すうちに、愛優ちゃんと花火大会に行くと知って根掘り葉掘りいろいろと聞いてきたっけ。
そういえばその時悟も愛優ちゃんのことが好きだと言っていた。
「抜け駆けすんなよ」って鋭い目つきで言われたんだ。
夏祭りの会場にも、用事で行けないと言っていたが悟は来ていた。
あの人混みの中、偶然にも会うなんて不思議な感じはあったのだが。
そしてその次の日。兄貴たちのバンドのライブ当日――つまり夏の甲子園出場をかけた地区予選大会の前日、試合会場までの道程を、自分の目で確認するために早めに出かけ、そのままライブ会場に向かおうと駅のホームで電車を待っていた時に、事件は起こった。
間もなく快速電車が通過するので、黄色い線の内側に下がるようにとのアナウンスが入り、一番前に並んでいたオレは黄色い線を確認すべく視線を下げた。
刹那。少しスピードを落とした電車が正にオレの目の前にさしかかった瞬間、体制を崩して電車の方に一歩二歩と身体がバランスを崩す。
体制を崩したのは、そう。オレは誰かの手によって、タイミングを計ったように後から前に押し出されたからだ。
悟が語ったもうひとつの理由は……。
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