90 虚無感
しばらくの間、オレと愛優ちゃんと倉井は、愛優ちゃんのお気に入りのカフェでたわいない話で盛り上がっていた。
とその時、店員の「いらっしゃいませ」との言葉に、オレ達は一斉に店の入り口の方に目をやる。
来た。
オレがそう思うのと同時に、倉井は右手を挙げこちらに招くような素振りを見せる。
それを見つけた彼は、「やあ」と言わんばかりに笑顔で手を上げ、こちらの方に向かって来た。
「よく来て下さいました」
倉井は丁寧に応対している。
「いや。あ、空に涼風さんも。え、どういうことだ?」
「どういうことって。倉井、オレ達が一緒だって言ってなかったのか?」
「はい。特に前もってお伝えする必要も感じませんでしたので」
倉井がなんと言って呼び出したのかは知らないけど、思いがけないふたりがいると、そりゃあ、びっくりするよなあ。
そんなことも気にせずに、倉井はマイペースに事を進めようとしている。
「さあ、どうぞおかけ下さい」との倉井の言葉に「あ、ああ」と状況がよく飲み込めていないまま彼は椅子に腰かけ、ふうと息をはいた。みんなはその行動をじっと見つめる。
その雰囲気を察してか、「それで?」と彼は切り出した。
「このふたりが一緒だということで、薄々気づいていらっしゃるかもしれませんが」
と言いながら倉井は眼鏡の端を左手でクイッと上げる。
しかし、「なんのことかさっぱり」とでも言いたげに、彼は首をかしげた。
ふうとため息をついて、倉井は続ける。
「最近、空くんのまわりでおかしなことが続いていましてね」
ヤツの口もとがピクッと動いたように感じたのは、気のせいだろうか。
「それで?」
しかし平然とヤツは答える。
「おや? おかしなことと聞いても、どんなことか聞き返さないのですね?」
「はあ? どういう意味だよ」
「だってそうでしょう? 空くんとあなたは仲が良いと聞きました。友人のまわりでおかしなことが続いてると聞けば、大抵は心配するでしょう?」
「それは。心配に決まってるじゃないか」
少し焦ったような表情で返すヤツに、倉井はニヤリと口角を上げる。
「それはよかった」
そう言って、倉井は眼鏡の端を左手でクイッと上げる。
それから倉井の口から今回呼び出した経緯と、倉井の考察が述べられた。
「俺が犯人だって言いたいのか?」
ヤツは苦い顔で声を絞り出した。
「違いますか? 違うと言い切れますか? それならまだ他に証拠と思われることをお話しましょうか?」
畳みかける倉井の言葉に、ヤツはうなだれる。
「もし。もしも、仮に俺だと言ったらどうする気だ?」
ヤツは倉井を見つめて静かにそう言った。
「空くんに聞いて下さい」
倉井は眼鏡の端を左手でクイッと上げる。
みんなの注目がオレに集まる中、オレはヤツの目を見て言った。
「本当に、お前がやったんだな。それが本当なら、ちゃんと認めてほしい」
「……」
ヤツはオレから目を逸らす。
オレは続けた。
「どうなんだ!」
オレが少し強めに言うと、ヤツは渋々答えた。
「ああ、俺だよ。俺がやったんだ。空を駅のホームで押したのも、涼風を交差点の信号待ちで押したのも、全て俺がやったんだよ! これでいいんだろ!」
逆ギレとはこのことか。
「認めるんだな」
「ああ、認めるよ」
その言葉を聞いて、オレのこころの中に、なんとも言えない虚無感が芽生えた。
しばらく誰も続きの言葉を発することはしなかった。
ただ店内には軽快な音楽が楽しげに流れているだけだ。
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