72 とある日曜日(5)
それから倉井が眼鏡の端を左手でクイッと上げながら、「今からやるべきことがあるので」と帰って行くのを見送って、オレ達――つまりオレと愛優ちゃんはもうしばらくカフェで過ごすことにした。
……。
…………。
ううっ。ふたりになると途端にこれだ。
さっきまで調子よく回っていた口が、今は貝のように閉じている。
きっとはたから見ると、への字になっているに違いない。
愛優ちゃんはニコニコ顔で、氷の溶けたアイスココアを可愛くストローですすっているけれど。
オレもなんだか手持ち無沙汰で薄まったアイスコーヒーを口にした。
「うすいっ」
ふふふと笑う愛優ちゃんにオレは「アイスココアも薄まってるだろ?」と聞くと「ちょうどいい」と返事が返ってきた。
そしてそこでまた会話が途切れてしまう。
誰かが一緒の時はよく動く口も、愛優ちゃんとふたりっきりではその働きもぎこちない。
何か話さなきゃと思えば思うほど、何を話せばいいのか頭が回らなくなる。
店内に流れるアップテンポの曲が、心なしか空しく感じるのは気のせいか。
「空くんは好きなひととかいるの?」
な、なにを言い出すんだ、急に。
愛優ちゃんの不意打ち的な問いかけに、すすっていたアイスコーヒーがヘンなところに入って咳き込んでしまうオレ。
「大丈夫?」と上目づかいで覗き込む彼女と目が合う。大きな鐘が脳内で鳴り響き、ドキンと鼓動を打ち鳴らすのを受けて、また咳き込むオレ。
すると彼女はふふふと笑いながら、「あれ? 私なんかヘンなこと言った?」と悪びれもせずおっしゃる。
「いや、別に」
そう言ってオレは深く息を吸い込んだ。
いたって冷静な素振りで。
「それで?」
「ん?」
「好きなひとはいるの?」
そんなこと言えるはずないだろ。なにも心の準備もないままに聞かれて動揺は隠せない。
「え、いや、その……」
オレを包んでいた平静という名の鎧が脱げそうになるのを抑えつつ、どう答えるべきか高速回転で脳みそを回してみた。
だけど、『はい。あなたさまをお慕い申し上げています』と言える訳もなく。
適当にごまかそうと試みた。
「さあね」
この答えが正解なのかは解らない。だが今はこれ以上の返答は思いつかない。
あれこれと言葉をこねくり回して答えると、余計に墓穴を掘りそうな気がしたから。
「それって、いるってことだよね~」
「え、そうなの?」
「だって。いないんだったら、『いない』って言えばいいだけなのに、『さあね』ってごまかすってことは、『います』って言ってるのと同じだよ」
……確かに。
しくじったか。
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