67 兄貴の本心
涼風姉妹を家まで送った、その帰り道。
「バンドのピアノ。新しいひと探さなきゃな」
兄貴の言葉にオレの頭の中は『?』でいっぱいになった。
優希さんが近々実家を出て、一人暮らしをすることになったことと、バンドのピアノ担当を新しく探すことが結びつかないからだ。
優希さんがバンドをやめるということなのか? あれだけ一生懸命練習していたのに?
兄貴をはじめ、他のメンバーとも仲良く、楽しそうにしていたのに?
「え、どういうこと?」
オレは訳がわからず聞き返した。
「言った通り、そのまんま」
「え、でも優希さんは?」
「彼女、アメリカの有名な音楽院に留学することになったんだよ」
優希さんがアメリカに留学!?
それは凄いことだけど、兄貴はそれでいいのか?
「それは凄いことだね。それでバンドやめちゃうってことか」
「そうなんだよ」
「……残念だね」
「バンドの方も波に乗ってるところだし、正直抜けられるのはキツいよ」
ため息とともに兄貴はそう言ったが、それだけなのだろうか。
もっと……もっと別の感情はないのだろうか。
「それだけじゃないだろ?」
「なにが?」
「優希さんのこと、好きなんじゃないの?」
兄貴はオレの言葉に一瞬こちらを見たが、すぐに苦笑いとともに前を向く。
そして少し張りのある声で答えた。
「ああ、好きだよ。どうしようもないぐらい好きだ」
「離ればなれになっていいのか?」
「そんなの嫌に決まってんじゃん」
「引き留めたりしないの?」
「まさか」
好きなひとと離ればなれ。アメリカと日本じゃそう簡単に会うこともできない。
どうしようもないほど好きだというのに、会えないなんて寂しすぎる。
「どうして?」
「だってそうだろ。好きなひとが夢に向かって頑張ろうとしているんだよ。俺が寂しいってだけの理由で、その大切なひとの夢を奪うことはできないよ」
「それはそうだけど」
終始爽やかな笑顔で話す兄貴に、オレはそれ以上は言えなかった。
「彼女にはいつもキラキラと輝いていてほしいんだ。好きなことを一生懸命に頑張る姿を見ているのが好きなんだよ。俺も負けられない。頑張ろうって思える」
なんだか兄貴らしいなと思った。
やはりオレとは違う。自分より相手の気持ちを尊重して、思いやりを以て接する。
大人なひとだ。
オレも見習わなくては。
「それで今日は『これからも頑張ろう会』って名前にしたんだね」
「そういうことー」
笑いながら言う兄貴の横顔は少し寂しげに感じたが、兄貴の気持ちも少し解る気がしたので、オレはこれからもふたりを応援しようと思った。
だけど優希さんはどうなんだろう。
彼女も本当にそれでいいのだろうか。
お読み下さりありがとうございました。
次話もよろしくお願いします!




