62 涕泣(ていきゅう)
結局。
9回の裏、オレたちの攻撃はサヨナラのランナーをセカンドまで進めることはできたが、その後の打線が続かず、スコアボードにまた“0”の花を添えることとなった。
延長戦に入り、再び訪れた攻撃に、相手チームの気迫が伝わってくる。
オレは痛む足を引きずってでも投げ続けたかったが、監督からベンチに残るように宣言される。
『最後まで投げきりたい』
その思いで一杯だったが、オレのこれからの野球生活に影響がでるといけないということで、オレの願いも虚しく、監督に推しきられるカタチとなった。
オレはピッチャーの名前を告げるアナウンスに、悔しい気持ちが込み上げそうになるが、頑張ってくれと心底願った。
彼は初めての甲子園で、いきなりこんなに大事な場面で投げることに、かなり緊張していたようで、そこを相手チームの打線に上手く突かれるカタチで、簡単に得点を与えてしまった。
応援団から悲鳴に似た落胆の声が上がる。
ベンチで痛めた足を冷やしながら、オレは拳を強く握った。
あの時。もう少しオレが早くピッチャー返しに反応できていれば……そんな思いが脳裏を過る。
結局2点を取られて、その後の10回裏の攻撃でも我がチームは得点を入れることができなかった。
最終打者が打ち上げた球はライトに飛んでいき、甲子園名物の浜風に押されるカタチでグングン伸びたが、その行方はライトフライとなり、相手のグローブに収まった。
試合終了のサイレンとともに、喜び勇んでピッチャーの元に駆け寄る相手チームの姿を尻目に、オレたちは落胆の影を落とし、しばらくその場を動くことができなかった。
監督に促されて、オレたちはゆっくりとホームプレートをはさんで整列する。
審判の合図とともに、両チーム全員がかぶっていた帽子を取り、一斉に「ありがとうございました!」と声を出し、礼をする。
相手チームと握手を交わしながら、「次も頑張れよ」と声をかける。
その後、相手チームの校歌を聴いているときの悔しさ。
自然と涙が込み上げる。
応援席で応援してくれた人たちのところまで、全員かけ足で行き整列し、期待に応えられなかった悔しさと、暑い中、一生懸命応援してくれたことへの感謝の気持ちが入り交じって、涙が止まらなくなる。
オレたちは帽子を取って姿勢を正し、「ありがとうございました!」と感謝の一礼を深々とした。
応援席からの惜しみない拍手に、「お疲れさま」という温かい言葉に胸が詰まる。
みんなは『甲子園の土』を靴袋や巾着に詰め込んでいる。
オレも……と手にした土を、その場に戻した。
オレは兄貴と約束したんだ。
『甲子園の土は持って帰らない』
次来るまでお預けだ。
それでいいだろ? 兄貴。
そしてもう泣くまい。
泣いているヒマがあったら、悔やんでいるヒマがあったら練習しろ!
そう心に言い聞かせた。
気持ちは常に前向きに。
『高校野球秋季大会』
そこを目指して頑張ろう。
そして秋季大会で優勝して、春のセンバツ高校野球大会への出場を果たす。
振り返って立ち止まっている時間はない。
『頑張れ空』
自分に言い聞かせる。
*涕泣:涙を流して泣く
この言葉に込められた意味を感じて下さると嬉しいです。
お読み下さりありがとうございました。
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