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『べつにいーけど』   作者: 藤乃 澄乃
第4章 大切な人たち
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 57 今日の日よ(1)

 それから愛優ちゃんを家まで送って、オレはそのまま寄り道をせずに自宅へと向かうことにした。

 明日の甲子園開会式リハーサルに向けて準備をするためだ。

 体調と心の準備を整えて、リハーサルを楽しみたい。

 そう思うと寄り道をする気にはなれなくて。


 落陽らくように紅く染められた街を歩きながら、ふと思った。

 今日はいろんなことがあった、いい1日だったな、と。

 それも全て自分で決めた選択のとおりに行動した結果だ。


 倉井が言ってたように、オレはこれからも人生に於いて、小さいことから大きなことまで日々様々な選択をしながら歩んでゆくのだろう。

 それは楽しいだけの選択じゃなくて、時には辛く苦しく、また切なく哀しい選択を強いられることがあるかもしれない。


 でも、どんなときでも、どんなことでも、その時に自分がよく考えて出した答えだったり決断だったりは、その時点では最良なんだと信じることだ。

 結果はのちにものを言うもの。

 あとで後悔しないように、そのときによく考えよう。

 その、どんな展開になろうとも、たとえどんな結果になろうとも、そのときの最善を考えよう。そのとき決断したことがそのときの自分には最善だったと、自分を信じて、いつでも前に向かって歩き続けよう。


 なぜだか解らないが、オレはそんな風に思ったんだ。


 そしてその決断の日は、案外近かった。

 オレの人生を大きく変えてしまうであろう出来事。





* * *


「ただいま」


 玄関のドアを開けながらオレは言う。


「おう。おかえり」


 すると兄がそこでオレのスパイクの手入れをしてくれていた。


「兄貴、そんなこと自分でするからいいよ」


「いや。お前の晴れ舞台だ。綺麗な靴で甲子園の土を踏みしめてほしいからな」


「もちろんさ。だから自分でやるよ」


 オレはスパイクに手を伸ばし、兄の手から受け取ろうとしたが、兄はそれを渡すのを拒んだ。


「俺にさせてくれ。なにもしてやれないから、せめてこれくらいは」


 そんな風に思っていたなんて。

 兄貴の言葉を聞いて、オレは日頃思っていることを口にした。

 いつもなら照れくさくってなかなか言葉にしないようなことだけど、なぜだかこのときは素直に話すことができた。


「いつも応援してくれてるじゃないか。オレの苦しい時には力になってくれてるじゃないか。兄貴は充分、いや、十二分にオレの心の支えになってくれてるよ」


「嬉しいこと言ってくれるよな」


 心なしか兄貴の目が潤んで見えたのは気のせいだろうか。

 オレはこの兄貴の申し出を断っちゃいけない気がした。


「じゃあ、頼むよ」


 そう言ってオレは兄貴の横に腰かける。


「念入りに頼むよ」


 オレが冗談っぽく言うと兄は「任せとけ」と笑いながら言う。


「明日のリハーサルは楽しんでこい。それと、甲子園の土は持って帰ってくるなよ」


 兄が言った。


「おう。そのつもりだ」


 それは負けるなよ、頑張ってこいという兄からのエールだ。

 なぜなら、甲子園では負けたチームは出場の記念にと、自分の為、家族や友人の為、出られなかったチームメイトの為にと、甲子園の土を靴袋や巾着などに入れて持って帰ることが多いからだ。

 即ち、土を持って帰るということは、負けを意味する。


「なあ」


 兄貴が優しい口調でオレに言う。


「ん?」


 兄貴とのいつものこの感じが好きだな。

 安心感っていうのかな。


「あとで久しぶりにキャッチボールしないか」

 

 兄の優しげに細めた目に言い知れないなにかを感じた。


「どうしたんだよ突然」


「いやか?」


「いや、いいよ」


「そっか」


 兄の嬉しそうな顔が印象的だ。


「でもオレの球はもう小学生の時とは違って、剛速球だよ」


 オレは球を投げる素振そぶりで言う。


「望むところだ」


 そう言い合って笑い合った。


 楽しいひととき。



お読み下さりありがとうございました。


次話「58 今日の日よ(2)」もよろしくお願いします!

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