4 とある雨の日の
とある雨の日、クラスメイトの涼風愛優と、いわゆる『相合い傘』で帰ったわけだが、オレはドキドキと緊張のあまり、その嬉しすぎる出来事のことをあまり覚えていない。
ただ、彼女が話すことにたまに相づちをうったり、笑ってみせたりして。
きっとその笑顔もひきつっていたに違いない。
だってそうだろ。目の前に、いやオレの横で同じ傘に入っているのは、クラスでも一、二を争うほどの秀才、その上美人なあの涼風愛優だぜ。
セミロングの黒髪に吸い込まれそうな黒い瞳。その瞳はいつもキラキラと輝いて、その笑顔を引き立たせている。
しかもその名の通り誰にでも笑顔で、誰にでも優しい。
そんな女神のような彼女と相合い傘だなんて、男子高校生なら誰でも羨む光景だ。
あの彼女が雨やどりをしていた軒下から、彼女の家までの10分間は、オレにとっては部活の練習の疲れも吹っ飛んでしまうほどの夢心地だった。
ふわふわとした雲の上を漂っているような、でもいつ雲の切れ目から落っこちてしまうんじゃないかとひやひやしながら。
あっという間に彼女の家の前まで到着してしまった。
なんて勿体ないことをしたんだろう。
特に何の進展もないままに、ただひきつった笑顔と共に過ごしただけだったなんて。
「あ、ここが私の家」
そう言われて見上げた3階建ての家は、まるで西洋の城がごとくそびえ立っているように感じた。
「ああ」
ぶっきらぼうに答えたのは、大きな門構えの立派なお屋敷にビビってしまったからではないぞ、決して。
「今日はありがと」
そう言って微笑む女神にオレは何と答えようか。
今度一緒に帰ろうと誘ってみるか?
どうだ、空。ガンバレ空。
「おう」
ぶっきらぼうに答えたのは、上手く言葉がでてこなかったから。
もっと他のことは言えないのかオレ!
早く何か言わないと、彼女が家に入っちゃうよ。
どうする?
「じゃあ、またね」
そう言って背を向けた彼女にオレは思いきって声をかけた。
「あの……」
こんな雨なのに、振り向いた笑顔が夏の日差しのように眩しすぎてクラクラする。
「ん?」
「あの……」
どうした。なにもじもじしているんだろう。折角のチャンスじゃないか。
なのに、いつものオレじゃないキャラが現れたぞ。
「いや」
オレが言いたい言葉を飲み込んだ瞬間に、彼女の顔から笑顔が消え「今度」という言葉が放たれた。
その面持ちと「今度」という言葉に、またオレの鼓動が運動を始めた。
「今度?」
そうオレが聞き返すと、
「一緒に帰ろ」
そう言って口もとを緩めた彼女を、お慕い申し上げている。
なのにオレは、心の中で小さくガッツポーズをしながらも、
「べつにいーけど」
なんて硬派を気取ってみた。
今日が雨で本当によかった。
オレの鼓動が雨音にかき消されて、彼女には伝わらないだろうから。
なんて思いながら彼女の家を後にした。
それから自宅への帰り道は、きっとすれ違う人が怪訝な顔をするんじゃないかと思うほど、ニヤニヤしていたに違いない。
なのに次の日……。
お読み下さりありがとうございました。
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