26 駅のホームで
夏の甲子園出場をかけた地区予選大会が月曜から始まる。
花火大会の次の日、つまり兄貴たちのバンドのライブ当日の今日、部活も思ったより早く終わったので、みんなとの待ち合わせ場所に行く前に、少し寄り道をすべく早めに家を出た。
なぜなら明日の試合会場までの道程を、自分の目で確認するためにだ。
今はネットで検索すれば簡単に調べられる。だけど、大事な試合前に道に迷うなんてことは避けたいので、どうしても事前準備として外せない。
オレって真面目な性格なんだろうか。
兄貴たちのライブは夕方の5時からで、愛優ちゃんは先に行ってリハーサルから見学するという。
オレは行くところがあるからと、本番だけを観に行くことにした。
事前確認も終え、さあ兄貴のライブ会場へ向かおうと、駅のホームでひとり電車を待っていた時だった。
間もなく快速電車が通過するので、黄色い線の内側に下がるようにとのアナウンスが入り、一番前に並んでいたオレは黄色い線を確認すべく視線を下げた。
刹那。
え……。
少しスピードを落とした電車が正にオレの目の前にさしかかった瞬間、体制を崩して電車の方に一歩二歩と身体がバランスを崩す。
「あっぶねぇ」
思わず声が出た。
慌てて辺りを見渡す。
周りの大人達も、「気を付けろよ」とか「大丈夫か?」などと聞いてくるほどにオレ自身もヒヤリとした。
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
そう言ってにっこり微笑んでみたけれど、冷や汗だけは滲んだままだ。
いくら電車からは離れていて、大事には至らなかったとはいえ、あまり気持ちのいいものではない。
さっきの出来事を思い出してみると、拭いようのない違和感がオレを襲った。
時間の経過とともに速くなる鼓動。
どうして……。
オレはずっと立っていて、視線を下に向けただけでバランスを崩した訳じゃない。
確かに感じたんだ。ひとの存在を。
そう。オレは誰かの手によって、タイミングを計ったように後から前に押し出されたのだ。
その時すぐに辺りを見渡したが、不審な人物の存在には気づかなかった。
だけど、確かにオレは背中を押されたのだ。
誰の仕業か解らないし、押されたという証拠もない。
きっとこんなこと誰も信じてはくれまいと、その時は咄嗟に自分の不注意のようなフリをしてしまった。
なぜオレはホームでひとに押されなければならなかったのか。
考えても何の心当たりもない。
気づかぬうちに誰かに不快感を与えていたのか?
そもそもさっき背中を押してきたヤツは知り合いなのか?
それとも通りすがりのイタズラなのか。
知り合いに憾まれるようなことをした覚えはないはずだ。その辺はいつも気を付けているところ。
じゃあ、通りすがりのイタズラなのか?
もしそうだとしたら冗談では済まされない。
だけど、大事には至らなかったことだし、考えようによってはただのイタズラならそれでよしとするか。
別に電車まで突き飛ばそうとしていたほどの力ではなかったし、ほんのいたずら心でそっと押してみただけかもしれない。
そうだ。きっとそうに違いない。
嫌なことははやく忘れてしまおう。
その時のオレは、自分の都合の良いように解釈し、そのことはすぐにオレの記憶の端っこに追いやられていった。
お読み下さりありがとうございました。
今話より第3章に入りました。
次話「27 バンドのライブ前に」もよろしくお願いします!




