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『べつにいーけど』   作者: 藤乃 澄乃
第3章 喜びと不安と
26/150

 26 駅のホームで

 夏の甲子園出場をかけた地区予選大会が月曜から始まる。

 花火大会の次の日、つまり兄貴たちのバンドのライブ当日の今日、部活も思ったより早く終わったので、みんなとの待ち合わせ場所に行く前に、少し寄り道をすべく早めに家を出た。


 なぜなら明日の試合会場までの道程みちのりを、自分の目で確認するためにだ。

 今はネットで検索すれば簡単に調べられる。だけど、大事な試合前に道に迷うなんてことは避けたいので、どうしても事前準備として外せない。

 オレって真面目な性格なんだろうか。


 兄貴たちのライブは夕方の5時からで、愛優ちゃんは先に行ってリハーサルから見学するという。

 オレは行くところがあるからと、本番だけを観に行くことにした。


 事前確認も終え、さあ兄貴のライブ会場へ向かおうと、駅のホームでひとり電車を待っていた時だった。

 間もなく快速電車が通過するので、黄色い線の内側に下がるようにとのアナウンスが入り、一番前に並んでいたオレは黄色い線を確認すべく視線を下げた。


 刹那。


 え……。


 少しスピードを落とした電車が正にオレの目の前にさしかかった瞬間、体制を崩して電車の方に一歩二歩と身体がバランスを崩す。

 

 「あっぶねぇ」


 思わず声が出た。

 慌てて辺りを見渡す。


 周りの大人達も、「気を付けろよ」とか「大丈夫か?」などと聞いてくるほどにオレ自身もヒヤリとした。

 

「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


 そう言ってにっこり微笑んでみたけれど、冷や汗だけは滲んだままだ。

 いくら電車からは離れていて、大事には至らなかったとはいえ、あまり気持ちのいいものではない。


 さっきの出来事を思い出してみると、拭いようのない違和感がオレを襲った。

 時間の経過とともに速くなる鼓動。

 どうして……。



 オレはずっと立っていて、視線を下に向けただけでバランスを崩した訳じゃない。

 確かに感じたんだ。ひとの存在を。


 そう。オレは誰かの手によって、タイミングを計ったように後から前に押し出されたのだ。


 その時すぐに辺りを見渡したが、不審な人物の存在には気づかなかった。


 だけど、確かにオレは背中を押されたのだ。

 誰の仕業か解らないし、押されたという証拠もない。

 きっとこんなこと誰も信じてはくれまいと、その時は咄嗟に自分の不注意のようなフリをしてしまった。


 なぜオレはホームでひとに押されなければならなかったのか。

 考えても何の心当たりもない。


 気づかぬうちに誰かに不快感を与えていたのか?


 そもそもさっき背中を押してきたヤツは知り合いなのか?

 それとも通りすがりのイタズラなのか。


 知り合いにうらまれるようなことをした覚えはないはずだ。その辺はいつも気を付けているところ。

 じゃあ、通りすがりのイタズラなのか?

 もしそうだとしたら冗談では済まされない。

 だけど、大事には至らなかったことだし、考えようによってはただのイタズラならそれでよしとするか。


 別に電車まで突き飛ばそうとしていたほどの力ではなかったし、ほんのいたずら心でそっと押してみただけかもしれない。


 そうだ。きっとそうに違いない。

 嫌なことははやく忘れてしまおう。


 その時のオレは、自分の都合の良いように解釈し、そのことはすぐにオレの記憶の端っこに追いやられていった。



お読み下さりありがとうございました。


今話より第3章に入りました。

次話「27 バンドのライブ前に」もよろしくお願いします!

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