142 スピーチの前
入学式が終わり、いよいよレクリエーションの時間である。
各部活の代表者が「ぜひ入部を!」と、1人でも多くの部員を確保するため、入学式に壇上で熱い思いを新入生に伝える時間。しかしその前に、在校生の代表として、野球部が挨拶をする。しかもこのオレが。
時間が迫るにつけ、少々の緊張感はあるものの、ほどよい緊張具合で結構落ち着いている。
自分らしくとは言っても、第一声ぐらいは考えていた方がいいのかな、つかみは大事っていうしな。なんて考えていると目の前を行ったり来たりしている1人の男の存在に気づく。
そして彼は舞台の袖で大きくため息を零す。
体育館の舞台袖から会場をのぞき見している我が野球部のキャプテン。なんだか落ち着かない様子だ。
たまに「うー」とか「あー」とか言いながら舞台袖を行ったり来たり。そしてまた客席をのぞく。その繰り返しだ。
そんなキャプテンの様子を目で追っていると、ふと目が合う。
オレは軽く会釈をした。
すると両目を大きく見開いたまま、ずんずんずんと近づいてきて、両手でオレの肩をガシッと掴み、前後に揺さぶりながら力を込めて言う。
「空、頑張れよ!」
「ああ、ありがとう。てか、キャプテン、力入れすぎ。痛いよ」
「そ、そうか」
え、硬い。表情が硬すぎる。いつもなら、頭をかきながら「わりー」なんて言って笑うのに。まるで別人のよう。キャプテン、相当緊張しているな。
「キャプテンも頑張れよ」
「が、頑張るよ!」
見ると手足が小刻みに震えている。
なんとか緊張をほぐせないものか。
「ところでキャプテン、今年の新入生って何人だったっけ」
「えーっと、さ、350人だっけ。いや400人だったかな」
「それと保護者に先生に在校生の一部……」
「そだな」
「皆がキャプテンに注目するわけだ」
まずは少し大げさに。その方が後で効いてくる。
「や、やめてくれー。よけい緊張するじゃないか」
キャプテンの緊張しすぎた姿を見ていると、こちらの方は緊張するヒマがない。
なんとか落ち着いてほしいが。
「ところでキャプテン。甲子園の観客は満員で何人だっけ?」
「え……っと、甲子園球場の総座席数は……」
「47,359席」
「えっ、そんなに!?」
「オレたちはそんな大舞台“甲子園”で大声援を受けてプレイしたんだよ。どんと構えてりゃいいんだよ」
「そ、そだな。オレたちは甲子園で試合したんだぞ! すごいぞ!」
「すごいぞ!」
握りこぶしに力が入り、ガッツポーズを見せるキャプテン。目も先ほどとは打って変わってキラキラと輝いている。
その調子で1人でも多くの新入生の心を掴んで、入部希望者を増やしてくれ~。
てなことで、オレのスピーチの時間と相成りました。
お読み下さりありがとうございました。
次話もよろしくお願いします!
 




