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『べつにいーけど』   作者: 藤乃 澄乃
第9章 心機一転
141/148

141 ゲン担ぎ  

 今日は朝からそわそわが止まらない。

 なんてったって、入学式で新入生達を前に野球部を代表してスピーチをするんだから。

 自分らしく、自分の言葉で――といっても、本番が始まるまでは緊張して当たり前だ。


 野球だってそうだ。

 試合が始まるまではとても緊張するが、いざ試合が始まると集中することができる。


 今は試合前と同じ。ちょっと緊張しているだけだ。本番が始まると、驚くぐらいするすると言葉が浮かんで、滝のように流れ出す……はず。

 滝のように流れるのは言葉であって、決して冷や汗ではありませんように。


 なんて、イヤでも頭に浮かんでしまう。寝坊なんてしていられない。

 オレは少し早めに起きて、リビングのドアを開けた。


 えーっと。


 食卓テーブルの上にはなにやら朝ご飯とは思えぬようなメニューが。

 とりあえず、まあ。


「おはよう」


「あら、おはよう。空、今日は早いのね」


 いつになく上機嫌の母親の姿。


 センバツが終わってから、毎日朝から晩まで部活で汗を流していたが、授業がある時と違い、今は春休み。朝練はなく、いつもよりゆっくり学校へと向かっていた。だが今日は。


「うん。入学式があるから、ちょっと早く行こうかなと思って」


「まあ、珍しい」


 そう言いながらニコニコ顔を向ける母。

 これは朝食メニューと関係があるのだろうか。


「てか、今日の朝ご飯。めちゃ美味しそうだけど、トンカツってちょっと夕飯みたいだね」


「そお?」


「量多くない?」


「あら、いやなの?」


「そういうわけじゃないよ。朝から豪華だなぁって」


 せっかく作ってくれた料理に文句を言いたいわけじゃないんだ。

 ちょっとばかり驚いただけ。


「早起きして頑張ったのよ」


 鼻歌交じりに次々と並べられるトンカツたち。

 と、そこへ兄貴の登場だ。


「おお! 今日はトンカツか。やっぱゲンかつぎ?」


「あ、わかる?」


 ふふふと笑う母は嬉しそう。


「ゲン担ぎって? 今日、何かあるの?」


 オレは尋ねてみた。


「頑張ってね」


 笑顔に少しばかり圧を感じるのは、気のせいだろうか。


「え、何を?」


 ま、まさか。


「ふふふ。聞いたわよ~」


「聞いたって何を、誰から」


「あら、愛優あゆちゃんからスピーチのことを」


 やっぱり。


「頑張れよー」


 兄貴まで知っていたとは……。

 オレは苦笑いで答える。


「でも、なんでトンカツなんだよ」


 スピーチとの繋がりが解んないんだよな。


「勝つから?」


 いやいやお母様。勝つって試合じゃあるまいし。


「ただのスピーチに勝つもなにも」


「試合にもスピーチにも、とことん勝つ(・・・・)


「とことん勝つ(・・・・)って、ダジャレじゃん」


 不覚にも笑ってしまった。


「せっかくの厚意を、ありがたく受ければいいんだよ」


 笑いながら言う兄に「そうだな」と答える。

 

「大事なスピーチに空が選ばれたのが、嬉しいのよ」


「わわ、泣くなって」


 オレが焦って言うと、母は顔を上げて満面の笑みを浮かべる。


「なんてね」


「なんだよ、泣き真似かよ」


 笑いが起こる。


「なんだか朝から楽しそうだな」


 父親もオレたちの様子を見て、嬉しそうに言う。


「ありがとな」 


 トンカツ。勝つから……とことん勝つ。緊張に勝つ、っていう意味もあるかもしれないな。

 楽しく朝の時間を過ごすことができて、緊張もほぐれてきた。


「どういたしまして」


「おかげで緊張に勝ったよ。あとは本番で自分に勝つ!」


「おおー、言ったな」


 オレはガッツポーズで言い放つ。


「とことん勝つ(・・・・)っ!」


 って、カッコよく決まったかな? なんて。


「空のスピーチ、こっそり聴きに行こうかな」


 イタズラっぽく兄が言う。


「兄貴ー、それはやめてー」



お読み下さりありがとうございました。


次話もよろしくお願いします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 141 ゲン担ぎ 読みました。 ほっこりする家族の朝の風景ですね! 微笑ましく感じました。 スピーチが上手くいくと良いですね♪♪(*´∇`)
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