140 スピーチの原稿(2)
愛優ちゃんとの電話を切ってスマホを置く間もなく、続けて電話がかかってきた。
オレは相手を確認し、電話に出る。
「もしもし」
『夜分恐れ入ります』
相変わらず礼儀正しいな。
「あ、どした?」
『空くん。スピーチの件、聞きましたよー』
「倉井まで?」
『もう皆知ってますよ』
「らしいな」
『原稿はもう書けましたか?』
「ああ、楽勝! と言いたいところだけど」
『苦戦しているのですか?』
「ノートを開いたのはいいけど、全く……」
オレは小さく息を吐く。
『進んでいないようですね』
「在校生の代表として、野球部がスピーチだなんて」
『そうですね。初めての試みですね』
「新入生に一体何を話せばいいのか」
『空くんは何を伝えたいのですか?』
「先輩として何か心に残ることを、って思うんだけど」
『なるほど』
「新入生の心に残る言葉ってなんだろう、ってずっとそこで止まってる」
『空くん、考えすぎですよ』
「うーん」
『何か良いことを言おうと思うから、上手く言葉がまとまらないのです』
「まあ、な」
『自分の入学式の時を思い出してみると、今の新入生がどういう気持ちか解るかもしれません』
「入学式かぁ。希望で溢れてたよ。姿薔薇紫高校は県下でも有数の進学校で、スポーツにも力を入れている全国でも名の知れた学校だ。そこで勉強も頑張りつつ、野球部で甲子園を目指すという目標を持って入った高校だからな」
『なるほど。では、その時先輩方を見て、どう感じましたか?』
「みんな活き活きしてて、眩しかったなぁ」
『そうでしょう。では、今年の新入生はどうでしょうか』
「わざわざこの姿薔薇紫高校に入りたくて、受験を頑張って全国から集まったんだからな。嬉しいとか楽しみとか?」
『きっと空くんの時と同じでしょうね』
「そうだな」
『そんな時、先輩のどんな話が聞きたいですか?』
「経験談、とか」
『失敗談とか』
「失敗談……そっか!」
良いことを言おうと力みすぎているからダメなんだと悟った。
『空くんは野球を通して様々な経験を積んでいます。高校生活も楽しんでいることでしょう。先日まで中学生だった彼らは、高校という未知の世界に飛び込んでいくのです。これからいろんな出来事が待ち構えていると思います。期待と不安でいっぱいでしょう。そんな彼ら新入生に、空くんらしい言葉で、失敗談も含め、何かアドバイスができればいいですね』
倉井は電話の向こうで、きっといつものように眼鏡の端を左手でクイッと上げているのだろう。
「自分らしく、オレらしく、か。解った。考えてみるよ」
『健闘を祈ります』
「倉井、ありがとな」
『いえ、何かお力になれたのなら幸いです。では』
電話を切って、今度は大きく息を吐く。
もう、原稿作りはやめた。力んでもしょうがない。肩の力を抜いて明日、その場で話すことを決めよう。そして伝えよう。
自分らしく自分の言葉で。
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