139 スピーチの原稿(1)
オレは今、非常に冷静である。
なぜって? 入学式でのスピーチ原稿が、思いのほか捗っているからだ。
下書きをノートに書こうと机に向かっているわけだが、文才があるからか、素晴らしい言葉がスラスラと浮かび、面白いほどに筆が進んでいる。
部活終わりに主将から告げられ、みんなからの激励を受け引き受けたはいいが、今までの入学式ではそんなスピーチの時間なんてなかったから、前回を参考に、とかできないし。
なんとか自力で頑張るしかない。
もう少し日数があれば最高の原稿が書けるのに、そのスピーチが明日となると、流石のオレでも少々時間が少ない。
しかしそこはオレだ。開いたノートに思いつくまま書き殴り、あっという間に完成。
と、頭の中でのイメージは完璧である。
だからオレは今、とても落ち着いている。
そう。オレはとても冷静……んなわけない。
非常に焦っている。
開いたノートは真っ白だし、皆が感心するような言葉のひとつも浮かばない。
野球ではイメージトレーニングも必要だから、試合前は自分の投球や打撃する姿を頭に浮かべ、良い状態で試合を運べるように、脳内でイメージを作り上げていく。
だからスピーチの原稿作りのイメージトレーニングをしてみたわけだが。
時間だけが進んで、全く何も浮かばない。
まず出だしの言葉から思いつかない。
あー、ダメだと短い髪の毛を両手でくしゃくしゃとした。
気分転換をしようと立ち上がり、大きく深呼吸をし、また机に向かう。
じっとノートとにらめっこ。
やっぱダメだ。
時計の針だけが無情に進んでいく。
焦りと苛立ちが交互にやって来ていたときに、スマホの着信音が鳴った。画面を見てオレは驚きと嬉しさから、さっきまでの焦りよりも早い鼓動で心臓が動いているのに気づく。
でもなるべく冷静を装って。
「もしもし」
『あ、空くん?』
「おう」
『今ちょっといい?』
「あ、うん」
『明日、入学式で在校生の代表としてスピーチするんですって?』
「そうなんだよー。って、愛優ちゃん知ってるの?」
『うん。もうみんな知ってると思うよ』
「え、なんだって!?」
『江崎くんが連絡網で回してたから』
「悟のやつ、何やってんだよ、もう!」
『ふふふ。いいじゃない。誇らしいことだから、私も嬉しいわ』
そ、そんな風に愛優ちゃんから言われると照れくさいけど、俄然頑張れる。
だけどここは平静を装って。
「おう」
短く答える。
『じゃ、明日頑張ってね』
「ああ、ありがとう」
愛優ちゃんから頑張ってと言われたのは嬉しいけど、皆が知ってるなんて。
これは悟からの無言のプレッシャーを感じるよ。
そんなことを思っていると、またスマホから着信音が流れてきた。
お読み下さりありがとうございました。
次話「140 スピーチの原稿(2)」もよろしくお願いします!




