128 とあるバレンタインデーに
愛優ちゃんの「ホワイトデー、楽しみにしてるね」との言葉を聞いて、さっきまでの胸の高鳴りが少々治まった。オレは「あんま期待せずに待っててくれー」と冗談めかして答えたが、彼女はニッコリ微笑んで言う。
「ふふふ。めちゃ期待して待ってるー」
いや、あのね。オレの『期待せずに』は、忘れてたらゴメンって意味も入ってるんだけど。だって、ホワイトデーの頃ってセンバツ前だし、野球のことで頭がいっぱいになってて、つい忘れちゃってたら申し訳ない、ってことなんだけど。きっと愛優ちゃんの『期待して』は、内容的に素敵なモノってことなんだろうな。
でも、それをわざわざ説明するのも粋じゃない気がして、オレは「ははは」と笑うことしかできなかった。
オレ達は試験終了の打ち上げとまではいかないが、少し寄り道をすることにした。
最近オープンしたカフェ。愛優ちゃんは気になっていて、一度行ってみたかったのだという。
そう思ったのはオレ達だけじゃないようで、案の定、店の前には行列ができていた。
「凄く混んでるね。どうする?」
オレが聞くと、「そうね……」と愛優ちゃんは顎に人差し指をあてて考える素振りをする。
「待ってみる?」
すると愛優ちゃんの顔がぱあと明るくなって、「うん」と大きく頷いた。
少し話しながら待っていると、突然オレの背中越しに「奇遇ですね」と聞こえた声に驚いて、「うおお!」とヘンな声を出してしまう。目の前でふふふと笑う愛優ちゃんの視線の先を見ると、そこには倉井が眼鏡をクイッと上げながら微笑んでいる。
「お、おお。倉井もこのカフェに?」
まさかこんなところで会うなんて。
「そうですが」
「そうなんだ」
ははは、とオレは苦笑いをした。
「凄く流行っていますので、入るのにかなり時間がかかりそうですね」
倉井の言葉にオレは「そうみたいだな」と答える。
「中にツレがいますが、よければ一緒にどうですか?」
「え、倉井はもう中に入れたのか?」
「はい」
「どうする?」
オレは愛優ちゃんに聞いた。
「倉井くんたちがよければ、仲間に入れてもらおうかな。ね、空くん」
「じゃ、そうしよう」
「では、行きましょう」
オレ達は倉井の後について店内に入り、もう一度びっくりした。
奥のテーブルのところから、満面の笑みを浮かべて大きく手を振っている人物を発見したからだ。
倉井はその方向へ、なんの躊躇もなくどんどん進んで行く。
オレ達はそのテーブルの前に着いた。
「おう」
オレがそう言うと、「おう」と返ってくる。
「まさか倉井と悟がこの店に来てるとは思ってもみなかったよ」
「凄く並んでたから、声をかけてもらってよかったわ」
「倉井と店に入って少ししたら、空たちが並んでるのが見えたから」
「それでお声をかけた次第です」
「サンキュ。助かったよ」
それからまたオレ達は4人でたわいない話で盛り上がった。
愛優ちゃんもカバンからチョコを取り出して、「学校で渡せなかったから」と2人にもニコニコしながら渡している。
「えー! 人生初めてのチョコだよ! ありがとう!」
「これはこれは、ありがとうございます。ホワイトデーにはお返ししますね」
2人は大喜びで受け取った。
今日、愛優ちゃんからチョコをもらえたけど、3人にってことは、きっと義理チョコだ。 でも愛優ちゃんにチョコをもらえただけでもよしとするか。
4人でワイワイ。いつまでこの楽しい時間が続くのか。大学はきっとみんなバラバラだろう。高校卒業後もたまには会って賑やかな時間を過ごすことができるのだろうか。
先のことは解らないけど、いつまでも続いてほしい関係は大事にしないと。不義理なことをするとすぐに途絶えてしまう。
お読み下さりありがとうございました。
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