111 とある夕暮れに
とある夕暮れに突然訪れたデジャヴ。
本当ならこれほどまでに鼓動を走らせることもなかったのかもしれない。
あの時とは違い、今では割と普通の友人のようには喋れるようになっていると思う。
だけど、どうしてだろう。
あの7月の部活帰りの出来事から、優に1ヶ月は経っているというのに。
その間にいろんな出来事があり、凄く仲良くなれたと思っている。
だけど、どうしてだろう。
このデジャヴのような出来事で、気持ちが一気にあの日に逆戻りしたみたいだ。
頑張れ空。
どうした空。
オレは………オレの気持ちはあの頃と変わっていないのだと、改めて気づく。
いや。こうやって愛優ちゃんと相合い傘で帰っていると、その横顔に、その仕草に、オレは以前よりも強く彼女を想う気持ちが育っているように感じる。
この偶然に感謝しよう。
「ところで愛優ちゃん」
ん? と愛らしい顔で見つめる彼女に、オレは少し気になることを聞いてみた。
「愛優ちゃんはお出かけの帰り?」
お出かけ、とか、いささか可愛らしい言い回しになってしまったが、それは仕方がない。
愛優ちゃんはニッと口角を持ち上げた。
「うーん。白状しちゃおっかな」
「え、なになに?」
うふふと両手のひらを口もとにあてて、彼女はチラッとこちらを見上げる。
「ピアノのレッスンの帰りなんだけど、夕立がくるって天気予報で言ってたから」
「オレが朝聞いたときはそんなこと言ってなかったよ?」
「夕方の天気予報で言ってたから。だからきっと空くんは傘、持ってないだろうって」
そっか。夕方の天気予報で言ってたのか……て、え?
「それって……」
オレの頬は一気にりんごより紅くなっていくように感じた。
「え? それって?」
「いや」
そんな、途中まで言っておいて、あとは聞き返すなんてズルいな。
それ以上はオレからは言えないじゃないか。
しばらくの沈黙のあと、彼女はボソッと呟いた。
「待ってた」
「え」
これは、一体どういうことだ?
オレを待ってたのか?
いやいやいや。それはうぬぼれだ。
たまたま同じ道を通りかかって、雨やどりをして……。
いやいやいや。
オレの勘違いならとんでもなく救いようがないから、あまり考えるのはよそう。
「だって。空くん、きっと傘持ってないだろうと思って。全く世話が焼ける……」
「そっか」
その時、ちょうど愛優ちゃんの家の前に着いた。
愛優ちゃんは、「じゃあね」と傘から飛び出して、屋根付きの門の所へと行く。
「あ、傘!」
オレは愛優ちゃんに傘を返そうとしたが、彼女は首を振った。
「空くん濡れちゃうじゃない」
門を開けながら言う彼女にオレは「サンキュ」と言う。
愛優ちゃんは門扉を開け、中に入る。門越しに彼女は振り返り、口を開いた。
「もうすぐ夏休みが終わるね」
「うん」
「2学期が始まったら、また一緒に帰ろ」
そう言って口もとを緩めた彼女を、お慕い申し上げている。
なのにオレは、心の中で小さくガッツポーズをしながらも、
「べつにいーけど」
なんて硬派を気取ってみた。
今日が雨で本当によかった。
オレの鼓動が雨音にかき消されて、彼女には伝わらないだろうから。
なんて思いながら彼女の家を後にした。
お読み下さりありがとうございました。
次話「112 ある夕暮れに」もよろしくお願いします!




