11 とある帰り道
テスト勉強のために教室に残っていて正解だった。
オレがお慕い申し上げている、クラスのアイドル的存在の涼風愛優と一緒に帰るという展開になるなんて。
帰り支度を終え、一緒に教室を後にする。
「……」
「……」
一緒に教室を後にする。
「……」
「……」
この廊下のなんと長く感じることか。
いざ一緒に帰るとなると、お互い言葉が出てこず。
ただ沈黙の時間を過ごしながら、真っ直ぐに続く廊下をひたすら正面を向いたまま歩いて行く。
何か話さねばならないのは解っている。
解ってはいるが、一体何を話せばいい?
こういう状況に慣れていないので、この緊張感をどうやり過ごせばいいのか戸惑ってしまう。
下駄箱の前で立ち止まるふたり。
無言のまま靴を履き替え、また歩き出す。
梅雨も終わりに近いせいか、最近は晴れた日が多い。
校舎を一歩出ると照り返す日差しに目を細めた。
「暑っ」
思わず発した第一声がこれかよ。
もっと気の利いたことを言いたかったが、そんな心も自然現象には敵わない。
「ホントに」
微笑みとともに返ってきた返事。
案外普通に話せそうな気がする。
「大丈夫か?」
「なにが?」
「その……日焼けとか気にすんのかな、って」
オレみたいに部活で鍛えた日焼け肌と違って、彼女の透き通るような白い肌は、きっとよく手入れされているに違いない。
「そうね。今の時期は気を付けないとね」
そう言って彼女は少し口角を上げた。
……。
やっぱり話が続かない。
あの雨の日の相合い傘の時は、ほとんど彼女が話していてオレは相づちを打つだけだったが、いざ彼女が何も話さないとなると、オレは何を話していいものやら。
こういうときに兄貴なら上手く言葉がでてくるんだろうなぁ。
兄と違ってシャイで奥手で硬派なオレは、結局思うように話すこともできず、折角涼風と一緒に帰るという又とないチャンスをモノにできずにいる。その幸せな時間をただひたすら手を振り、歩く作業だけにつぎ込んでいる。
なんと情けなきことか。
他の高2生はどうなんだろうか。
ペラペラと器用に会話ができるのだろうか。
こんなことなら友人達ともっと話をしておけばよかった。
巷で言うところの『恋バナ』ってやつ。
オレが今まで力を込めて話していたことといえば、次の大会がどうだとか、レギュラーに選ばれるかだとか、練習方法についてだとか、そんな野球のことばかり。
沈黙の中、あれやこれやと考えているうちに分かれ道にさしかかった。
「あ、私こっちの道だから」
そう言って片方の道に歩みを進めて振り返る彼女。
その微笑みに、『ああ、もうそんな所まで歩いてきていたのか』と気づく。
ほとんど話もできなかったという事実。こういうのをヘタレって言うのだろうな。
ここで家まで送って行くよとか言えばいいのだろうか。
でも、先日の雨の日と違って今日は晴天。
付き合ってもいない、たまたま一緒に帰っただけで送るのはなんか違う気もするし。
「そっか」
結局口から出た言葉はたったの3文字。
なんと情けなきことか。
「じゃあね」
小走りに去って行く彼女の後ろ姿に「おう」と2文字投げかけて、少しの間見送った。
彼女は数メートルで速度を落とし、普通に歩き出したが、オレは何を期待していたのだろう。
振り返ることもないのを見届けて、ふうとひと息漏らす。
そりゃそうだと気を取り直し、オレはもう一方の道へと歩き出した。
お読み下さりありがとうございました。
今話より第2章 進展に入りました。
次話「12 ある帰り道」もよろしくお願いします!




