107 とある夏休みの終わりの
夕陽が見たいだなんて。
オレと愛優ちゃんが。
ふたりっきりで。
まるでカップルのようじゃないか。
愛優ちゃんの言葉に、オレの脳内で映像が流れはじめた。
夏の終わりの夕暮れ。
ひとも少ない浜辺に、愛優ちゃんとオレは海に沈み行く夕陽を眺めている。
波打ち際に吹く風は真夏のそれとは違い、こころなしか涼しく感じる。
あのジリジリと照りつけるような日差しは、海の彼方へと帰って行くようだ。
風に押される愛優ちゃんの長い髪。
スカートの裾が揺れる。
波打ち際、愛優ちゃんが……。
「……くん」
なんだかリアルな声だな。愛優ちゃんの鈴の音のような声が聞こえる。
「空くん?」
「愛優ちゃん……」
とそこでオレの妄想は、はじけ飛んだ。
「ねえ、空くん、聞いてる?」
「あ、ああ。もちろん聞いてるよ」
「ほんと? ならお返事どうぞ」
え。返事?
そう言われても、まさか妄想が先走って聞いてなかったなんて、今さら言えないしなぁ。
「愛優ちゃんの良いように」
よし。無難に返事をすることができたぞ。
てか、愛優ちゃん。そのにやけた顔はなに?
なんか嫌な予感がするんですが?
「ふふふ。言いましたね! では好きなようにしますので、空くんは文句を言わないように~」
なんだなんだ?
文句を言わないようにって。
え? 文句を言いたくなるようなこと?
でも。ま、いっか。
愛優ちゃんが楽しければ、なんの問題もない。
「りょーかい」
オレは敬礼のポーズをしてみせた。
それから愛優ちゃんとオレは、ゆらりゆらーり電車に揺られて、ある駅に降り立った。
そこからロープウェイに乗って山の上を目指す。
って、あれ?
海じゃなかったのか。
オレの妄想は泡と消えた。
海だけに……。
ロープウェイを降りて歩くことしばらく。
愛優ちゃんはこの山から眺める夕陽がお気に入りらしい。
何度か訪れたことがあるということだが。
山と言うだけあって、周りは木だらけ。
こんなところから夕陽が見られるのだろうかと思いつつも歩みを続ける。
そうこうしているうちに、目の前がぱぁっと開けた。
オレはその景色の壮大さに目を見張る。
そこは山の一部を切り取って、その向こうの景色を絵画の中に閉じ込めたような場所だった。
下界は小さくひしめいていて、遥か遠くまで続いている。
「すげえ」
無意識にそんな言葉を発していた。
「ね。凄いでしょ」
「ああ」
愛優ちゃんはオレが驚きの声を上げたのが嬉しかったようで、えらくニコニコしている。
このシチュエーションと相まって、3割増しの可愛さだ。
そしてこの場所から見える雄大さは、オレ達の住んでいる場所はどの辺りか、などと話を弾ませる景色だった。
「気に入った?」
愛優ちゃんの問いに、オレは「もちろん」と答え、「よくこんなところを知ってたね」とつけ加えた。
すると愛優ちゃんは嬉しそうに言う。
「ここはね、お姉ちゃんに教えてもらった場所なの。よくふたりでここに来たのよ」
「へえ。そうなんだ」
愛優ちゃんはそう言って、目の前に沈み行く夕陽を見つめて、少し寂しげな表情を滲ませた。
きっと姉である優希さんのことを思い出しているのだろう。
「だから空くんとも来てみたかったの」
愛優ちゃんはオレの方を向いて、微笑んで見せた。
優希さんがアメリカに旅立ったときも、涙は見せなかった。
「うん」
寂しくて哀しいはずなのに。
いつも彼女は笑っている。
無理してるんじゃないのか?
この佳景を前にして、なにを思っているのだろう。
「大丈夫?」
気づけばオレはそんな言葉を発していた。
「やっぱり空くんは優しいね」
愛優ちゃんはそう言って、頬に一雫宝石を輝かせた。
「無理して笑うことないよ。哀しいときは泣けばいいんだよ。寂しい時は寂しいって言えばいいんだよ」
「ありがと」
そう言って愛優ちゃんは少し泣いた。
オレはよしよしと、頭をなでた。
しばらくして少し吹っ切れたのか、愛優ちゃんは顔を上げて夕景を見つめている。
細めた目から涙は消えていた。
濡れた頬は乾いて、今はオレンジに照らされている。
オレも落日を眺めながら、遙か街並みのその先に僅かに見える海の煌めきを堪能していた。
黄昏時の太陽が大きく揺らめいている。
この夕陽をふたりで見られてよかった。
「お姉ちゃんは、海さんとも来たことがあるらしいよ。山なのに」
そう言って笑う愛優ちゃん。
なんて可愛いんだ。そして愛おしい。
キミの哀しみを癒やしたい。寂しさを埋めてあげたい。
そして守っていきたい。
そう思った。
お読み下さりありがとうございました。
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