104 帰り道
優希さんを空港に見送りに行った帰り、オレと兄貴で愛優ちゃんを自宅まで送って行った。
空港では優希さんの乗った飛行機を展望台から見送って、きっと優希さんからは見えていないとは解っていても、3人で飛行機が見えなくなるまで手を振って。
まるで無邪気な子供のようだけれど、励ましと寂しさとが入り交じった気持ちを、それぞれ込めて思いっきり手を振りながら送り出したんだ。
兄貴は愛優ちゃんが寂しい気持ちにならないように、大袈裟に手を振ってその場を明るく盛り上げようとしていた。兄貴だって本当は複雑な心境だろうに。
オレはそんな兄貴の気持ちを察して、愛優ちゃんの気持ちも考えて、一緒にはしゃいでみせた。
しかし兄貴の横顔は、仕草や声音とは裏腹に、どこか寂しげに感じる。
その後、愛優ちゃんを送って彼女の家に着くまで、兄貴は明るく振る舞っていた。
愛優ちゃんと別れ、オレと兄貴ふたりになって、自宅に向かう。
愛優ちゃんと別れてからのオレ達は、急にスイッチが切れたように無言になった。
兄貴を励ます気の利いた言葉をかけようと、頭の中がグルグル回る。
だけど、なにを話せばいいのか浮かばない。
オレは無理に言葉を発するのはやめようと思った。
兄貴と、この沈黙の時間を過ごそうと考えたからだ。
なぜなら、下手な慰めよりも黙って傍にいる方が、今の兄貴には心地良いのだろうという風に思い至ったから。
しばらくふたりでゆっくりと歩みを進めていたが、不意に兄貴が口を開いた。
「なあ、空」
「ん?」
「昨日の『みんながんばろうぜ!』コンサート、出てくれてありがとな」
妙にしんみりした言い草に、オレは返す言葉に困ってしまう。
「なんだよ、急に」
「いや。ただ、野球の方も忙しいのに、俺のワガママを聞いてくれて時間作ってくれて、感謝してるよ」
憂いを帯びたような微笑みが、街灯に照らされて切ない気持ちになる。
「オレの方こそ、兄貴と同じステージに立てて嬉しかったよ」
オレがそう言うと、兄貴は嬉しそうに笑った。
「次は秋季大会だな」
「おう」
「がんばれよ」
兄貴に言われてオレは嬉しくなって、「がんばるぜ!」と拳を握り、ガッツポーズをして見せた。
「それから……」
兄貴は少し照れた様子を滲ませ、そこで一呼吸おいて続ける。
「昨日のコンサートのこと、一緒に歌ったあの曲のこと、曲に込められた想いを、ずっと忘れないでいてほしい」
「もちろんだよ! 昨日のコンサートは、あの曲は、オレにとって宝物なんだから。兄貴と一緒に歌えて本当に嬉しかったよ。そんな機会を与えてくれて感謝してる。いつまでも忘れないよ」
オレの言葉を聞いて、兄貴は「そっか」と満足げに笑った。
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