10 一緒に帰る?
期末試験初日。
家に帰る前に少し残って勉強をしておこう、と進学校でもある我が校の生徒は思うわけで。
クラスの多くはそのまま勉強を続けていた。
しかし時間とともに、ひとり、またひとりと減っていき、いつしか教室にはオレとクラスの男子憧れの的、涼風愛優のふたりきりになってしまっていた。
内心ラッキーと思いながらも、硬派なオレは特に話しかけることもなく、ただ淡々と問題集を解いていた。
すると教室の入り口付近からオレを呼ぶ声が聞こえ、そちらに目をやる。
また例の『不敵な笑み』を浮かべながらやってくる。アイツだ。
今まで特に関わってくることはなかったのに。
その特に仲良くも悪くもない、友人と呼べるか呼べないか微妙な感じの友人『A』は、オレ達がふたりきりで教室にいることをからかってくる。
「はぁ? 勉強してんだよ」
子供じみた冷やかしの台詞に苛立ちをおぼえるも、関わって時間を無駄にするわけにはいかない。適当にあしらっておこう。
しばらくしてソイツは相手にされないことがつまらなかったのか、「チェッ」とひと言発して教室を後にした。
その時彼女と目が合い、お互い苦笑したんだが。
何を思ったか、彼女が席を立ちオレの方に向かってくるではないか。
一瞬にして心臓から頭までが沸騰していくのが、自分でも解る。
だが努めて平静を装った。
「おう」
何が「おう」だ、と心の中で自分にツッコミをいれつつ、彼女を見る。
すると彼女は、例の『素敵な笑み』で応えてくれる。
同じ『笑み』でも、『素敵』と『不敵』じゃ大違いだ。なんて。
「夏野くん、まだ勉強するの?」
チリリンと金属製の風鈴が鳴った。
いや、彼女の声だ。
「いや。もうそろそろ帰ろうかと。涼風は?」
「私も」
おいおい、空。チャンスじゃないか?
今こそチャンスじゃないか?
じゃ、一緒に帰ろうか?
たったひと言そう言えばいいんじゃん。簡単だ。
さあ、言うぞ~。
「そっか」
やっぱダメだ。いざとなったらなかなか言葉がでてこない。
「じゃ、一緒に帰ろっか」
「え」
突然のセリフに我が耳を疑う。
まさか彼女からそんなことを言ってくれるなんて。
「前に約束したでしょ? ほら、あの雨の日に」
「あ、ああ」
「忘れちゃってた?」
まさか。忘れるはずなどないではありませんか。そのような勿体ないお言葉。
「いや」
でも、心の中と同じように上手く言葉は出てこず。
「よかった。もう忘れられてるのかと思った」
そう言って微笑むあなた様を、オレはお慕い申し上げています。
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