大人への階段*ネコ様視点
本日、書く時間はないと思っておりましたが、引っ越し作業が早めに終わりそうなのでカキカキと。ネコ様視点は、カイゼル視点よりも楽しく書ける気がします。
*ネトーブリアン様(ネコ様)視点。
カイゼルから逃げたその日の晩、結局、私は一睡もできないまま、窓から朝日が差し込みました。けれども、お陰で、少しばかり、現実という流れの川に、身をぶらりと乗せることができるようになったというものでしょうか。
今の私に、期待はありません。カイゼルとの生活で生まれた期待は、涙とともに捨て去りました。
ふと、カーテンの隙間から、外の様子を遠目に見つめます。いつも起きるよりも、早い時間帯。御天道様がたった今、顔を出したような、早朝でございました。
昨夜は、呪いが解かれてから、残さず食べていたはずの豪華な食事すらも喉を通らず、今になって、グゥと小さくお腹の虫が声をあげました。
今、部屋に誰もいなくてよかったと、心からの安堵です。
「もう起きた方が良いでしょうね……」
お勤めの使用人さんには申し訳ないですが、お風呂も沸かしていただきましょう。綺麗さっぱりと身を清めれば、ええ、今の私は、昨日までの私とは違って、大人として振る舞うことができると思います。
ベッドから降りると、鏡の前で軽く身を整え始めます。涙で崩れた化粧で酷い有様です。それに、目元に浮かぶ誤魔化しきれない隈や、腫れた瞼。それでも。
ベッド脇に置いてある水の入ったピッチャーを取り出して、これまたベッド脇のボウルへとトポトポと。次に、軽く顔を水でぱちゃぱちゃと。
そうして備え付けのコットンタオルで水を拭き取った後、鏡の前で少しの化粧。そのまま、頬を上げて眼を丸く細めれば、いつものような、笑顔の仮面でございます。
あとは……、ありえないはずの期待の表れである隈と腫れた瞼は、 早く、化粧で隠してしまいましょう。そうして、他人からも、自分でも、見えないようにしてしまった方が、きっと、よろしいのです。
私は、私の中に住まう子供を追い払うように、パンっと両頬を叩きます。そのまま、部屋を出る前にクローゼットから簡単なドレスを着ていこうと、振り返りました。
そこで、「あっ」と声を小さくあげました。
ふかふかのベッドに着いた悲涙のシミが、まるで粗相をしてしまったかように、広がってしまっていたのです。
思えば、とても喉が渇いております。
「……これはいけませんね」
このままでは、阿呆のことを阿呆と言えない立場になってしまいます。つい半年前、15回目の誕生日を迎えて、大人の仲間入りをした私が、粗相をしたなんて噂が流れてしまえば、恥以外の何者でもございません。
私がおばあちゃんになった時、孫なんかに、笑い話として伝わってしまう可能性を考えれば、ええ、これは隠してしまった方が良いでしょう。
私は使用人達が目覚める前に片付けてしまおうと、急いで身支度を整えた後、ベッドシーツを脇に抱えて、部屋を後にしました。
……それに、子供の願望の残り香は、消してしまった方が良いでしょうし。
◆ ◆ ◆
どうにかリネン室へとシーツを隠した私は、駆け足で部屋へと戻りました。すると、それから5分と経たず、コン、コンと、二度のノックが叩かれます。二度ということは、
「失礼します」
そう言って入ってくるのは、やはり、ハムペルトでございました。ガラガラと転がされるワゴンの上には、美味しそうな朝食の数々が並べられております。
「おはようございます……ネトーブリアン様、お加減はいかがですか?」
デジャヴ、と申しましょうか。もはやこの一週間で恒例となったハムペルトの挨拶ですが、しかし、その意味合いは、今日に限っては異なるとわかります。
昨夜、泣き散らしていた私を、ハムペルトは目撃したのだろうと、わかります。それはもう、大きな声で、わんわんとわめき散らしておりましたから。
ですが、私はそれに対して、
「平気です」
と、いつものように、慣例で返しました。
子供の願望は、悲涙とともに流しました。子供の私は、声とともに捨てました。
平気、という返しが、ここではふさわしいのだと、大人の私は訴えかけるのですから、これが正しいのでしょう。
「……そうですか」
それから何も言わず、ハムペルトは無言で朝食を机の上に並べ始めます。かちゃかちゃという音もほとんど立てずに行われるものですから、本当に、彼女の動作は一々が芸術的であると言わざるを得ません。
正式にニック殿下と婚約を発表してからも、ずっと、私の専属メイドでいて欲しく思っておりますとも。
「ネトーブリアン様、本日のメニューは、バターパンとサラダ、それに、スクランブルエッグと、デザートのタヤンでございます」
「いただきます」
私は、ハムペルトしかいないとはいえ、ニック殿下の婚約者として恥じない所作をもって、食事をとり始めます。いつも通りの高級なものを使ったとわかる出来あがりですが、いつもよりも、少しばかり量が多いような気がします。おそらくは、気を使ってくれたのでしょう。
すっからかんのお腹に繋がるお口は、それはもう、吸い込むようにパクリパクリと食べてしまいます。体がエネルギーを欲しているのだと感じる次第です。
「お食事中、申し訳ありませんが、本日のスケジュールの確認をお願いします……、今日はスケジュールが詰まっておりまして、ご了承ください」
「…………」
私は何も言わずに、もぐもぐ、パクパクと、食事を口に運び続けます。断る気は無いという、無言の了承でございます。
「本日はご予定通り、午前中は散歩のお時間になります。ただ、散歩の間、少しばかり、御用がございまして」
「? どこですか?」
食事を一度中断して、口元を布でぬぐい、問いかけます。
「今日の午後のパーティーの前に、旦那様がネトーブリアン様とお話がしたいとのことです」
「…………?」
ハムペルトの言葉に、少しばかり違和感を感じました。ニック殿下とはまだ、婚約者の関係でございます。それも、私とニック殿下の間では決定事項とはいえ、正式には、まだ婚約者ではございません。旦那様と呼ぶのは、些か早い上、普通、王家の人間を旦那様ということは、無いとは思います。
私は宮廷に勤めるメイドではありませんし、国王陛下や王妃様のメイドとも、あまり接点がないので、その辺りはよくわからないのですが。
「ネトーブリアン様?」
「あ、え、いえ。なんでもありません」
「それなら良いのですが……」
そんな疑問を抱いていることを感じ取ったのか、ハムペルトは私の顔色を伺うように問いかけてきましたので、そう返事した私は、誤魔化すようにとフォークとナイフを再び動かし始めます。
少しばかり慌てたからか、カチャリと音を立ててしまったのは、淑女として恥ずべきところでしょうか。
「…………」
「…………」
それからの朝の食事風景は、いつものようにどちらも一言も話さず、黙々と進んでいきました。
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