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死に急ぐ病

「わぁーっ! しょうくん、これシャンパンタワーだよ!」


 12月24日20時頃、太刀川のS記念公園。

 彼女は大学受験を無事推薦で通り、進学祝いとして連れていってあげることにした。

 本当は青の洞窟YOYOGIにしようかと思ったが、埼玉民の僕にはレベルが高すぎるうえに、地理が全く分からないため断念した。彼女に迷惑かけるのは申し訳ないしね。

 彼女はいつも以上に目がキラキラしていてはしゃいでいる。まぁ、喜んでくれるのは僕も嬉しい。……脳内には常にセンター試験のことがぐるぐると回っているが。

 

「都会ってすっごい綺麗なのね……。普段埼玉から出ないから全然知らなかったよ。さすがは太刀川、崇野とはわけが違う」

「崇野は何もないからね。繁農なら少しは……ないか」

「西部線沿いなんてほーんとしょうもないところしかないからつまんない。それに比べて、中央東西線はロマンの塊よね」

「うーん、そうかな?」

 彼女は仲野から東京方面しか知らなそうである。太刀川の位置、分かっているのかな。鷹尾とか見たら埼玉って言いだしそう。僕より地理詳しくないからね。

 

「ほぅ……なんと神々しい木々なのだろう。噴水も煌めき、草花はそれに応えるように光を放つ。これぞ芸術! 我が生涯で一番輝いている日だ」

 いきなりかっこつけて風景を語り出す。それに腕を組みながらドヤ顔で。

 周りの人から中二病と疑われても仕方ないだろう。

 普段はこんな感じの子ではないんだが、場酔いしているのだろうか。


「君がそう言ってくれて嬉しいよ」

「きゃーっ、もう翔くんったら。相変わらず可愛い、カッコいい、えっちぃ」

 彼女は恥ずかしそうに顔を手で覆った。ほんのりと頬が赤らめているのが一瞬だけ見えた。

「エッチではないと思うが。というか、どこにそんな要素があった?」

「存在自体」

「そっ、そいつは生きにくいな……」

 僕は苦笑いをしながら目を逸らし答えた。存在がエッチって、ただの変態みたいに思われそうだ。



 すると突如体がギュッと包まれ、ほんのりといち髪の香りが漂ってきた。

 首筋に伝わるストールの感触、左耳をくすぐる吐息、彼女のぬくもり。

 ふわりと舞う彼女の艶やかな黒髪は、イルミネーションに照らされ宝石のように輝く。


 ……情報量が多すぎる。

 抱かれることは頻繁にあった。なのに情報処理が追い付かない。

 場所が場所だから意識しすぎてしまっているだけか?

 いや、でもこんなに耳元で吐息を感じることはなかった。


「……どうしたの? 緊張しちゃって」


 囁かれたその甘い言葉は、僕の脳内を反復する。

 いやらしい意味ではないと分かっていても、色々と考えてしまう。

 幹部からじわじわと熱を帯びていくのが感じ取れる。

 

「翔くん、火照ってるよ? 聖夜だからってナニ考えてるの?」

「なっ、そういうことは考えてないよ……!?」

「ふふっ、好きなら好きって言えばいいのに」

「それは前から言ってるし……」

「なら、こうすればいいじゃない」


 彼女が抱くのをやめたかと思ったら、顔を近づかせてきてそのままキスをしてきた。

 柔らかなその唇は、既に混乱状態である僕の理性を飛ばしにかかる。

 あぁ、これは非常にまずいぞ。僕が押し倒しても彼女は文句を言えないだろう。その気にさせるのが悪い。


 流れに身を任せ舌を捻じ込もうとした瞬間、彼女は予知していたかのように身を引いた。

 「男というものは面白いね! 感心するほど予測通りに動く。こういう心理を論文で書けたらいいなー」

 彼女はいじわるそうに笑うと、僕の手を掴みルンルンしながら歩き出し始めた。

 2年間も付き合っているのに、またこうやってはぐらかされる。去年もこんな感じであった。


 本当に彼女は僕のことが好きなのか? 一応同じ大学を狙っているが、僕の学力じゃ正直受かるか微妙なラインである。もしかしたら、落ちる前提で物事を進めているつもりかもしれない。僕よりいい男など、いくらでもいるからな。

 でも、今回は僕なりにちゃんと策を練った……はずだ。サプライズも用意しているし、そこで反応を見ればいい。大丈夫、理性は飛ばさないようにするから。

 

「なーに企んでいるの? バレバレだよ?」

「バレているのなら丁度いい。ほら、あの大きな噴水の前まで行って」

 

 彼女は眉をひそめ、何かを窺っているように見える。

 僕が用意したサプライズ、それを披露しようと思う。


 さぁ、それは何かというと「指輪」である。ベタではあるが、効果は抜群だ。

 彼女に東京ミネラルショーで振り回されたとき、好きだと言っていたタンザナイト(・・・・・・)をあしらったシルバー925の指輪。サイズは薬指に合わせた11号。ブリリアントカットされた3mmほどのものだが、海のように深い青がしっかりと存在感を放っている。見る角度を変えれば、紫色にも変わる不思議な石だ。指輪の内側には「Karen&Sho 2008/12/24」と書かれている。


「着いたけど……人がいっぱいいるね。さて、何をくれるのかな?」

 ニヤニヤしている彼女の前でひざまずくと、胸ポケットからジュエリーケースを取り出して開けた。


 はっ、と息を飲む彼女。

 そこにあるのは、イルミネーションにも負けぬ至高の光。

 ただただ彼女は驚いている。どうやら、渡すものまでは見抜いていなかったようだ。

 

「……左手を、出してくれるかい?」


 おもむろに彼女は左手を差し伸べたので、薬指にはめてあげた。

 彼女は指輪を子供のようにずっと眺めている。相当気に入ってくれたようである。


「僕が大人になったらもう少し立派なものを買ってあげるから、それまでは――」

「ううん、これでいい。ありがとう翔くん。大好きだよ。私は世界一幸せ者だね」

 

 涙ぐませながらまた僕に抱きついてきた。顔を胸の辺りにうずめ、嬉し泣きしているようだ。

 彼女が泣き止むまで僕は頭を優しく撫でていた。



 だが、この時はまだ知る由もなかった。これが彼女に触れる最後のときだったと――



「ふぅ……楽しかったね翔くん! 別れるのが名残惜しいよ」

 JR太刀川駅の1番線。彼女は八鋼線に乗るために灰島乗り換えで帰るらしい。

 僕の最寄駅は西部線の所沢中央なので、国分寺東で乗り換えるのが一番早い。なので、彼女とは逆方向である。


 ……偶然にもホームについたときに列車到着の合図が鳴った。

「迷わずに帰れよ?」

「来た道戻るだけだから大丈夫でしょ……って忘れてた」

 ベージュの肩掛けバックから、6.7cmほどの真四角の木箱を取り出し渡してくれた。見た目以上にずっしりとしている。


「……これは?」

「教えな~い! 家に帰ったら開けてね。んじゃ、またね! 今日はありがと!」

「えっ、あぁまたね。よい週末・・を」


 駆け込むように電車に乗って、彼女は行ってしまった。

 よかった、笑ってくれて。最近少し元気がなかったし。

 ……色々と聞きたいことあったが、メールで何とかなるだろう。

 東京行の電車に乗りながら携帯を取り出し、ポチポチと打ち込んだ。


「こちらこそありがとう。箱は後で開けてみるよ。今度いつ会おうか?」

 彼女はメールが来ればすぐに返信してくれる。電車に乗っている間は暇だろうしね。



「次は、所沢中央、所沢中央です。お出口は、左側です。西部池袋線は、お乗り換えです」


 30分ほど経ちもう駅に着いてしまうが、まだ彼女から連絡は来ない。

 ……おかしいな。何かあったのか?

 そう思った直後、慌てた様子で男性のアナウンスが入る。


「えー、先ほど入ってきました情報ですが、21時40分頃にJR灰島駅内で人身事故があったというお知らせがありました。そのため、奥多摩線は灰島~太刀川方面で上下線ともに運転を見合わせております。なお、運転再開時刻は未定と――」

 

 灰島で人身事故? 加速して入るような駅じゃないぞ。酔っ払いが落ちたのか?

 電車から降りると、念のため彼女に電話をかけてみた。



 ……ダメだ、出てくれない。事故ったから狼狽しているのかもしれない。

 心配ではあるが、とりあえず家に帰ろう。あの木箱も気になるしね。

 


「ただいまー」

 家に着くと、親の返事も待たずに自室へ向かい急いで木箱を開けた。

 

 中には、ドロップの形をしたガーネットのペンダントが入っていた。金具にはK10と書かれている。

 誕生石を選んでくれるなんて、なかなか趣があるな。お礼を言っておかないと。

 しかし、内容にしては箱が重すぎる。振ると音が鳴るし、底に入っているのか?

 

 台座を引き抜こうとした瞬間、何かを察知して身震いする。「それを見てはいけない」と語りかけるかのように。

 僕は今、とんでもないことをしようとしているのかもしれない。これはきっと――



 ……何を考えているんだ僕は。彼女に自殺をするような素振りはなかった。第一、世界一幸せ者と言ったやつが死ぬと思うか?

 なに、彼女なりのサプライズであろう。怖いことなんて何一つない。

 思い切って目を逸らしながら台座を取ってみる。

 3回深呼吸して心を落ち着かせた後、底の中をチラリと見た。

 


 そこには「一番幸せなときに死にます」と書かれた紙と、血濡れたカッターの刃が夥しい数入っていたのだ――



 ……これが、僕が研究者になろうとしたきっかけである。

 なぜ幸せそうにしていた彼女が自殺を図ったのか。なぜあのようなものを渡したのか。

 死に急ぐ病、その正体を知るために。



 今日も歪んだ指輪を胸元にぶら下げて、教壇に立った――

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