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Lost Voice

「ぅおあああ。待ってくれ!」


 ある箱の中にいる男は、中から飛び出す無数の大きな刃を見て、怯えていた。男は40代で、服装はグレーのTシャツに青いジーンズ。かなりデブなせいか、パツパツで今すぐにでも破れそうな勢いだ。


「嘘は聞きたくないな。お前、憂さ晴らしに猫を切りつけたりしたんだろ? 正直に言え」

「それはな! あのクソ猫が先に引っ掻いてきたんだ! それで俺はお灸を据えようと思って……」

「やったってか」

「あぁ! そうだ! だから俺は悪くないぞ!」


 しかも、あーあ。まだ言ってる。まるで駄々を捏ねる大きなガキ大将みたいで正直、五月蝿い。


「だったらわざわざ殺す必要ねーだろ。おじさん、馬鹿だなぁ」


 なので、箱型装置の外にいる俺はそこから1歩も動かず、両腕を組みながら挑発している。顔は犬のドーベルマンをモデルとした黒い覆面マスクを着用している為、顔バレは全くない。まぁ、被るのにはそれ以外にも理由はあるが……。

 

「おい! 年上に向かって何だその口の利き方は!」

「貴方こそ、随分と自己中で傲慢な態度ですね。そんな身勝手な人間、この世にいらないんですよ。意味、分かります?」

「こんのぉ!」


 すると、男がブヒブヒと鳴き始めたので、アイツを呼び出してみる。


「おい。夢箱」

「ハイ。御用ハ何デショウ。マスター」


 夢箱と呼ばれた箱型AIは俺の声に反応し、気さくに話しかけてきた。最新型のAI搭載付き殺戮処刑箱であり、縦横高さ2メートルの正方形の形をしている。箱の側面は全てガラス張りとなっており、中では悪逆非道のブタが1匹、喚いていた。


「話にならん。『赤』で」

「了解シマシタ。只今刑ヲ執行致シマス」


 俺はというと、こうして遠隔でAIに指示をかければ、容易く刑を執行する事が可能だ。ちなみにこの場合は『斬殺刑』と言った感じである。


「待ってくれって言ったはずだ! なのに……ぅ。ぅぎゃぁああ!」


 そして豚男は悍ましい断末魔の叫びとと共に、夢箱の手によって、切り刻まれて肉片だけとなった。

 まぁ、傍から見たらかなり非道な行為かもしれないが、これもこいつらの身勝手な因縁で殺されてしまった犬猫達の為と、政府から出された、ある『極秘任務』の為。ふぅー。と深く息を吐くと、血の匂いが立ち篭める部屋を後にした。




「はぁ……」


 何で朝からこんな事やらなければいけないのか。白く無機質な廊下で一人、自身に問いかける様に溜息をつく。


「でも、今日はあと二人残ってるんだよなー」


 そして、怠そうに呟きながら、漆黒の軍服から黒いスマートフォンを取り出し、画面に表示された殺処分リストを眺めた。


 ちなみに今いる場所は、動物警察(アニマルポリス)の本拠地だ。政府公認であり、『極秘任務』の一環の為、夢箱を使用した虐殺は可能だ。

 俺はというと、ここに連れて来られた罪人を、善悪判断しながら裁いているが、大半は証拠や証言が必須。と言った条件付きだ。その為、多少の私怨もあるが、好き勝手に殺ったりはしない。


「次は、SNS中毒女。か」


 そして、再びズボンのポケットに入れ、慣れた足取りで廊下を歩くと、処刑者が収容されている部屋の前へと着いた。なので、慣れた手つきでポケットから鍵を取り出し、扉を開ける。


「よぉ。お目覚めか?」


 箱の中にいるキャバ嬢風の格好をした女性に問い掛けてみると、こちらを突然睨みつけてきた。


「お目覚め。って何よ! ここ!」

「あー。とりあえずさ、俺が出す質問に答えてくんない?」

「はぁ!? ここは何処って聞いてんのにシカトぉ? ってこれ……」


 彼女は箱の中で吠えまくると、周囲がガラス張りになってることに気づき、かなり驚いた表情をしている。


「全部丸見えじゃない!」

「はぁ?」

「これ、ふつーに警察呼ぶレベルよ! プライバシーの侵害! 侵害よ!」


 しかも、見てるのは俺だけなのにかなり騒ぎ始めたので、冷酷な声でこう言い放つ事にした。


「察って、俺だけど?」

「えっ……」

「お前さ、五月蝿く騒ぐ前によ。自分がペット達に何したのか、分かってんのか?」

「し、し、知らないわよ!」

「じゃあ、この動画はなんだ」


 この時、彼女がとても動揺していたので、再び端末を取り出すと、証拠としてある動画を突きつける。

 内容はトイプードルに可愛い服装を着させているが、その犬は飼い主である彼女に噛み付いていた。彼女は痛っ! って叫ぶと『なんで言う事聞かない訳!? この馬鹿犬!』と怒り狂いながら犬を捕まえて殴っていたのだ。


「えっ。これは単に……」

「単に。何だ?」

「その時はその。みんなからグッドが欲しかったんだけど……」

「言う事聞かなかったから、躾としてぶん殴ったんだな」

「え。えぇ」


 すると、呆気なく罪を認めたので、お構いなくトドメをさす事にした。


「お前、動物を自己満のアクセサリーだと履き違えているな」

「アクセサリーだなんて! かなり人聞き悪いわよ!」

「履き違えてなかったら、こんな暴力的な行動しねーだろ。ったく。頭ん中糞だらけかよ。汚ったねー」


 まぁ、ここまで声を荒らげるのも無理はない。

 何故なら、こいつはゴミ屋敷という劣悪な環境の中で犬猫を飼っていた。が、飼育理由は自分に酔いたい為。つまり、自分さえ良ければ後はどーでもいい。身勝手で承認欲求が強い糞女なのだ。


「糞だらけって……。言い方が酷すぎるわ!」

「おい夢箱」

「ドウシマシタカ? マスター」

「こいつ話にならん。『緑』で苦しませてやれ」

「ハイ。只今刑ヲ執行致シマス!」

「えっ!? ちょっ!」


 なので、俺の合図と共に、箱の中からは緑色の毒ガスが散布された。

 中にいた糞女は暴れ回りながらもがき苦しんでいたが、冷めた目で見つめると、ガスを避けるかの様に部屋を後にする。




「はぁ。どいつもこいつも理由が単細胞過ぎるだろ。ったく」


 扉を閉めた後、再び怠そうに呟くと、ズボンから再度端末を取り出し、本日最後の1枠となった殺処分リストを眺める。


「まともな人間なんてそもそも……って、えっ……」


 見た途端、何故か妙な胸騒ぎがした。


「黒崎友梨って……」


 いや。ただの見間違いだろう。そう自身に言い聞かせながら、次の部屋へと向かう。


 まさかあいつがいるなんて……、嘘だろ。

 深く考えながら歩くと、とうとう部屋の前へと着いてしまった。なので、先程よりもそっと扉を開けて箱の前まで歩いてみる。


「……」


 すると、中で蹲りながら、無言でこちらを見る黒髪少女と目が合った。


「おい」


 ショートボブで紺のセーラー服を身に纏った少女は、俺の声掛けに反応し、瞬きを1回するが、どこか虚ろな表情だ。


「お前、話せるか?」


 そう問いかけると、彼女は大きく首を横に振った。よく見ると、面影がどうも、あいつに似て童顔で目元が猫みたいで……。って、いや。今はそんなことを考えている暇はないな。


「……?」

「あ。悪い。これ使ってもいいぞ」


 瞬時に仕事モードへと切り替えた俺は、胸ポケットから小さな白い端末を取り出すと、箱の隙間から渡す事にした。実はこの装置、箱の底と壁との間に、縦1センチ、横20センチほどの隙間がある。なので、そこから端末を渡すことが可能だ。


「……」


 しかし、床に置かれた端末を見ても、触ろうとしない。


「それで、打ち込めるか?」


 俺は意識が端末に向くように問いかけてみると、軽く頷きながら拾い上げ、電源を入れていた。


「お。打てたか」


 彼女は黙々と文を打ち込み終えると、何処か悲しげな顔をしながら白い床にそっと置く。そして、俺は確認で黒い端末を見る。


 ”すみません。声を発する事が出来ません。なので、文だけのやり取りになってしまう事、お許しください。”


「何、だと?」


 ”あの時は弱った犬を助けようとした。なのに……”


「なのに、何だ?」


 すると、詳細が分かってきたので更に問いかけてみると、身体を震わせながら、こう打ち返してきた。


 ”見捨てろ。て脅された。だから、怖くなって見捨ててしまった”


「……」


 俺は驚きのあまり声を失ってしまったが、脅された奴がここにいる。という事は……。


 おいおい。冤罪かよ!

 思わず心の中で叫んでしまったが、今でも真犯人がこの世のどこかで嘲笑っているかと思うと、かなり腹が立ってきた。


「くそ! 舐めやがって!」


 怒りの余り、咄嗟にマスクを外しそうになるが、幸い、今の段階では、彼女を処する証拠が無い事に気づいた。もし、真犯人がいる。と言う証拠が見つかったのなら、そいつ等を真っ先に捕らえて極刑にしたほうが効率が良いな。と。


 ”私が悪いのです。全部、私が悪いのです。だから……”


「はぁ? 突然何を……」


 しかし、何かを庇っている様な返答をする彼女に戸惑ってしまった。なので冷静に考えてみる。


「?」

「まぁ、心配すんな。おい」

「何デショウ」


 そして、俺を不思議そうに見つめる彼女に優しく言うと、夢箱にある指示を下す。


「暫くは俺の監視下に置く。ここから出してやれ」

「エッ!? ハッ、ハイ!」


 箱は戸惑った様な答え方だったが、俺は無事に彼女を処刑箱から出す事ができたので内心ホッ。としている。でも、証拠も無しに独断で答えを出してしまった為、職権乱用だ。

 なので、『極秘任務』に背いたとして、いつか政府が俺の喉元にナイフを突きつけてくるだろう。それまでの間、彼女の無実を晴らさんとな。そう心に誓った後、驚く彼女の手を引き、颯爽と部屋を出て行った。


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