辺境少年ギャング団
小さな渓流。水面に向かって弓を構える少年が、岩の陰に隠れていた。
彼は裸だ。日焼けした肌。細く引き締まった身体。
射的の集中が、小さな陰茎をさらに縮こませていた。
水を滴らせる濡れた金色の髪は雑に短く切られている。瞳は青い。
弓は50cm程度と小さく、作りは簡素だ。矢も、竹を割って作った即席の物である。
上流から、水面に浮いた小さな羽虫が流れてきた。
少年は、羽虫の流れる先に狙いをつけている。
蚊が、ぷーんと羽音を立てて彼の耳元を通り過ぎていった。
水面に小さな影が走る。それは、瞬きをしてしまえば、気づけないほどの一瞬だった。
ぶんっ
羊毛を雑に紡いだ弓弦が短く音を立てる。少年は矢を放っていた。
「よしっ。これで3尾だ」
頭部を矢で串刺しにされた川魚が浮かび上がる。
羽虫を喰おうと水面に顔を出した川魚を、少年の矢が貫いたのだった。
少年は、蚊に刺された頰をひと掻きしてから、適当に弓を放り投げる。
そして、川に飛び込んで行った。
緩くカーブを描く渓流。その内側の岸辺にも少年がいた。
赤髪に茶色の瞳。厚手の綿で作られた薄灰色のズボン。裾は折り返され、腰に巻いた紐がベルトがわりだった。上半身には素肌の上に茶色い麻のベストをつけている。
彼は、手斧を振るい乾燥した流木の枝を器用に裁断していく。
左手で流木の端を持ち、数回斜めに斧を振り下ろした後、素足で蹴りつけた。
ばき
流木は分割され、玉切りにされていく。
少年は、木を地面に寝かせてから、さらに斧をふるった。
岸辺に石を並べたカマドが作られていた。
その中に、薪が並べられ、焚付け用のカヤの葉がねじ込まれている。
カマドの前にしゃがんだ少年は、右手を握り、額に当てている。
閉じていた目を開き、ゆっくりと人差し指と中指を立てた右手を伸ばす。
「着火」
指先から火花が走る。
小さな火が焚付けに灯った。火は小枝に移り、やがて薪を燃やしていく。
赤髪の少年の足元には、手作りの弓が置かれていた。
「腹減ったなぁ。山鳩くらいいねーのか」
黒目黒髪の少年が、鉈で藪をはらう。
弦を肩に通して、手作りの弓を斜めがけに身につけている。左手には竹製の矢を持っていた。
上半身は裸だ。薄い麻でできた黒いズボンの両裾が膝下で雑に切り取られている。
「なんで収穫が終わったら、昼飯が食えなくなるんだっての。俺らは成長期なんだからさ」
夏の農繁期は、子供といえど、朝から晩まで働かなければならなかった。
黒髪の少年も、こき使われることに不満はない。
収穫が終わると同時に、毎日楽しみにしていた昼飯が、突然食えなくなってしまうことに不満があるのだ。
彼らの生活では、一日の食事は朝と夜の二度。農繁期に限り、昼飯を食わせてもらえたのだ。
3人の少年は、農作物の仕分けや片付けなどで、しばらく忙しい大人たちを尻目に、食料を求めて山に入ったのであった。
子供だけで山深くに入ったことがバレれば、こっぴどく叱られる。叱られる理由は様々である。
藪を切り開いて進んだ黒髪の少年。背中には蚊に刺された痕がいくつもある。
藪を抜け、森の中の腐葉土に素足を下ろす。
腐葉土の地中、もぞりと動く気配が足の裏を通して伝わってきた。
黒髪の少年が右足を地面から離す。長い竹串のような矢を、左手で腐葉土に突き刺した。
矢を持ち上げると、土中から掘り起こした大きなムカデが刺さっている。
30cmはあるだろうか。ちょうど中間あたりを串刺しにされ、ウネウネと悶えている。
「これ、絶対にまずいよな」
黒髪がため息をつくと、鉈を2度振って、ムカデの頭と尾を切り飛ばした。
「ロッドに食わせよう。あいつ、こういうの好きそうだしな。なんか、そんな気がする」
どうやら彼は、ムカデを赤髪の少年に食わせるつもりらしい。
腰紐の麻袋にムカデを放り込む。袋は紐を引っ張ると巾着状に絞られた。
袋の中で、カサカサ、モゾモゾとムカデの動きは止まらない。
「食えりゃあ、魔物でも贅沢言わない。とりあえず俺は肉が食いたいんだよねー」
行く手を阻むトゲだらけの雑木を鉈で排除する。
「お」
雑木群が途切れていた。そこだけ初秋の日差しが届いている。下生えの草は踏みしめられ、硬い土の地面が所々に露出していた。
黒髪は、獣道を発見したのだった。
「ソートはまだ食い物を探してるのか? ロッド」
岸辺を囲む岩を乗り越えて、金髪の少年が現れた。
手には川魚。矢を竹串のように使い串刺しにしている。
「言い出しっぺが、これだからな。いつものことだけど。で、オーラム、魚は?」
「あるよ。ほら」
「へぇ、四半時ほどで、3尾なら、まぁまぁじゃん」
四半時とは、こちらの世界での30分に相当する。
金髪の少年・オーラムは、川魚が火に当たるように竹の矢を砂地に突き立てていく。
赤髪の少年・ロッドは、矢に刺した沢蟹を焚火で炙り、「あちち」と甲羅ごとかじっていた。
黒髪の少年・ソートは、まだ森の中にいる。
川魚のハラワタが除かれているのを確認したロッド。腰袋から小石サイズの岩塩を取り出し、魚の上で砕いて、塩を振りかけていく。
「ソート、あいつ、どこまで行ったんだ?」
「さぁね。弓は下手くそだし、焚火の準備とか地味なのは面倒くさがるし。まぁ、ケガでもしてなきゃ、どうでもいいよ」
「ははっ」と笑ったオーラムは、手のひらでロッドの肩を横から押すように叩く。
押されたロッドの持つ矢の先から、沢蟹が外れる。地面に落ちる前に左手で受け止めた。
何すんだよ、と目で非難を伝えるロッド。そして、沢蟹を口に放り込んだ。
全裸だったオーラムは、白い乗馬服のズボンを履いている。膝下までの黒いブーツ。上半身は裸のままである。
使い込まれ痛んではいたが、ロッドやソートの粗末な衣服とは、格段に差があった。
そして、左手に鞘に収めたショートソードが握られている。
ロッドはボリボリと咀嚼していた沢蟹を飲み込む。矢を弓につがえながら言った。
「オーラムは、来年、王都の学校に行くんだよな?」
「うん。まあね。雪があるから、春までは村にいると思う」
「領主様は、オーラムを騎士にするつもりなんだろうなぁ」
流れる流木へと、矢を放つロッド。
「さぁ、どうだろ。でも、タンクレード様の騎士になれば、村のために働けるよな」
「ぷ、マジメか」
少年たちの村を納めるのは、領主・タンクレード・ヴァンダム。
冒険を愛した彼は、辺境のさら奥、未開の地に開拓村を作ったのである。
オーラムは、領主・タンクレードと村人の間に産まれた。領主の正妻に子があるため、領の相続権は持っていないと、母からは聞かされている。
ロッドの父は元商家の3男だった。タンクレードの開拓を初期から支え、村で牧場を営んでいる。
ソートの父は、元・農奴だ。今では村人の一人として働いている。
3人は、共に10歳。小さな村では、同い年の子供は彼らだけだ。
オーラムは、ロッドの真似をして流木に矢を放った。
ロッドも負けじと弓をひく。
「いえーい! 俺の勝ち!」
「どこで勝敗が決まったんだよ?」
「オーラムの矢が1本だろ。俺の矢は3本も刺さってる」
流木は4本の矢を生やして流れていった。すでに子供の自作弓が届く距離ではない。
「お、また来た!」
オーラムが新たに流れ来る流木を見つける、ロッドより先に矢を射った。
「ずるいぞ!」
「どの口が言うんだって」
二人は次々と矢を放っていく。下流に行けば竹やぶがある。いくらでも矢は作れるのだ。
渓流のせせらぎ。パチパチと焚き火が鳴っていた。
ズドン!!
バキバキバキ!
大きな物体の衝突音。なぎ倒される樹々が音を立てる。
ロッドが弓を持って立ち上がった。腰紐に手斧が挟まっている。
「なんだ?」
対岸の岩壁の上、木々を左右に開くように押し倒し、巨大な影が現れた。
頭高5mを超える影は、長い尾で邪魔な木をなぎ倒している。
それは、こちらの世界の古生物・恐竜に酷似していた。
「でかいな。地竜か?」
オーラムの言葉に、ロッドが答える。
「ありゃ、アロだ。ここら辺は、青年団の駆除が終わってたはず」
「おーい」
下流からソートの声。
ドボンと水飛沫の柱が吹きあがる。
アロは、激しい水音へと視線を向けた。
その先では、水飛沫が止み、大きな猪が川を渡っている。
岸に近づき、猪は全身から水を流しながら持ち上がった。
「ほら、これ! うまそうだろ?!」
そこには、満面の笑みで猪を肩に担ぐソートが立っていた。
痩せっぽちで背も低い少年に担がれる息絶えた猪。
「地竜は、その猪を追ってるんじゃないのか?」
「そうなんだよ、オーラム。まったく、しつこくてさ」
「さっさと、どっかに捨ててこい!」
「俺は蟹ばっか食ってても、ロッドみたいに背は伸びないんだよ!」
グォオォォォォ
岸壁の上でアロがソートに向かって咆哮。
「どうすんだよ、あれ?」
「あれは村に引き連れて行けないぞ」
猪を降ろしながらソートが応える。
「あんなの、3人でなら楽勝だろ?」
彼らの下に、冒険を連れてくるのは、いつもソートだった。
ここではないどこかの世界。
大陸の辺境、さらに奥地。
そこは、魔物も避けて通ると言われる、巨獣の領域。
これは、そんな村で生まれ育った、少年たちの物語だ。