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地球産吸血鬼と異世界吸血姫の共依存

 服がびっしょりと濡れ、肌に張り付いて気持ちが悪い。

 原因は分かりきっていて地面に巻き散らかされた体液、僕の血だ。

 満月の夜、薄汚い路地裏で、僕は喉笛を食い破られて死に掛けていた。


 おかしいな、こんなの普通即死だと思うんだけど。


「お、目が覚めたか?」


 ぼやけた視界の隅に影がよぎる。

 ズタズタの首は上がらず、視線を動かすと真夏なのにジャンパーを着込んだ茶髪の男が立っていた。

 

「だ、れ」

「おお、成功か! いやぁこれで俺もようやく立派な吸血鬼の仲間入りだな!」


 吸血鬼? なに言ってるのこの人。

 僕が頭の可哀想な人を見る目をしている事にも気づかず、男は勝手に話し出す。

 

 自分は吸血鬼であること。最近までゾンビのような下僕しか生み出せなかったが、ようやく真っ当な吸血鬼を生み出せるようになったこと。吸血鬼は基本的に自分を吸血鬼にした親には逆らえないこと。


 僕をこんな目に遭わせたのお前かい!

 どうにも記憶がおぼろげで、近所のコンビニへ行った帰りに近道をしようとこの路地裏へ入っところまでしか覚えていない。

 たぶん、不意打ち即死って感じだったんだろう。


「ってわけだ、わかったか?」


 そのドヤ顔にイラっとした。

 勝手に人間辞めさせといて何様だこいつ。

 自分が吸血鬼だという事は、違和感なく受け入れられた。たぶん人間がお前は人間だと言われても驚かないのと同じように、無意識下で自分が別物になってしまったんだと思う。


 街灯もろくにない路地裏なのに男の顔までしっかり見えるようになってきた。ズタズタだった首の痛みも既にない。

 その男はパンのような物を食べていた。


「ああ! 僕のあんぱん! 返せこの野郎!」

「親への第一声がそれか!?」


 誰が親だ。僕の親はこの世で二人、父さんと母さんだけだ!

 本能がこいつは三人目の親だと主張してくるがそんなの知ったこっちゃない。


「まぁまぁ落ち着けよ、人を超えた力を与えてやったんだ。感謝されこそすれ恨まれる筋合いはない。あんぱんくらい安いもんだろ」

「じゃあ一緒に買ったいちごミルクは残してるんだな?」

「あ、悪いもう飲んだ」


 男は足元に転がる紙パックを示し、ご丁寧に踏み潰して中身が無いことを証明した。


「死ね!」

「ははは、俺の子供は元気だなぁ」

「ぽい捨てすんなよ!」

「あ、そっち!? 飲んだことじゃなくて!?」

「どっちもだよ!!」


 ぜぇはぁと切れた息を整える。


「ま、元気があるのは悪いことじゃねえわな。ここで現実を受け入れずに錯乱するようなら、ぶっ殺して次の獲物探すとこだったし」


 さらっと恐ろしい事を言わないでほしい。そう思っていると、男は何かを差し出してきた。って僕のスマホ!


「返せ!」

「返す返す」


 慌てて開けば見知らぬアプリがインストールされていた『元人間でもわかる吸血鬼の生き延び方!』なんだこのアプリ、というかどうやってロック解除したんだ。パスワードは無駄に長くしてるし、普段は指紋認証なんだけど。

 あ、倒れてた僕の指紋使われたのか。


「何これ」

「今時口頭で説明もないだろ。それ読んどけ」

「えぇ」

「んだよ、文句あんのか? 俺のお手製だぞ」

「ええーー」


 いや、ありがたいんだけど、人の首を食いちぎるような乱暴者が何でここだけ現代的なんだよ。


 見た感じ電子書籍っぽいし、ちゃんと目次からページに飛べるし、メモもつけられるし。

 そして重要事項として書かれていたものに僕は衝撃を受けた。


「弱点しかねえ!?」


 そこには伝承で語られる吸血鬼の弱点、ほぼ全てが羅列されていた。


「わかるわ、理不尽だよな」

「お前が言うなよ!」


 僕を吸血鬼にしたのはお前だろうが!!


「まぁまぁ、そう言うなよ。利点だってあんだからさ。まず殺されない限りは不老不死だし美形になる。ちょっと色白になるけどな」

「そう言われても、鏡に映らないんだろ」

「スマホのカメラ使えば見えるぞ? 便利な世の中だよな」


 言われてスマホを自撮りモードにしてみる。

 見覚えのない、でもどっかで見たようなイケメンが写っている。誰これ。僕なのか?


「あと歯が頑丈になる。犬歯伸びるけど」

「あんまり変わってないような気が、うぐっ!?」


 歯茎にものすごい激痛が走り、続けて地面にばらばらと白い物が落ちる。僕の歯が全て抜け落ちた。総入れ歯まったなし!

 激痛はさらに続き、ずるっと新しい歯が生えてきた。


「な?」

「めっちゃ痛い!!」


 こういうのは僕が人間として死んだ時に済ませておいてほしかった。

 親知らずを抜いたことがあるけど、あの痛みを全ての歯で同時に味わう感じだ。めっちゃ痛い。涙が出てくる。


「しかし俺たちには人間を凌駕する身体能力に魅了の魔眼! そして復活の灰さえあれば、仮初の死を与えられても蘇る力が! あふん」


 拳を天高く掲げ、力説していた吸血鬼は胸に白い杭を生やしたかと思うと、灰になって崩れ去った。

 そういえば白木の杭にもアレルギーがあるって書いてあるな。なるほど、こうなるのか。


「っておい!?」

「下賎な吸血鬼風情が。街中で人を襲うなど舐めた真似をしてくれる」


 いつの間にか、路地裏にひとりの男が増えていた。

 普通のスーツ姿で、人を殺した直後なのに平然としている。頭のおかしな展開ばかりでどうにかなりそうだ。


「ふむ、見たところ吸血鬼に転化したばかりのようだな。まだ学生か」


 いえ、これでも20代後半のフリーターです。吸血鬼化の影響で若々しくなっただけで。


「だが、これも仕事だ」

「えと、あの! 僕、吸血鬼とかよくわかってなくて、いま説明聞いてたところなんですけど。人を襲ったりもしてないんですけど!」

「残念だが吸血鬼は人の血を啜らねば生きられぬ寄生虫だ。君とていずれは耐え切れず誰かを襲うだろう」

「そ、それでも輸血パックから飲むとか」

「君は目の前に焼きたてのパンがあるというのに、一生乾パンを食べて生きるのかね? 吸血鬼の一生は殺されるまで続くぞ?」


 想像してみた。うん、無理。


「そういう事だ」


 くそ!

 僕は、この状況を受け入れたわけじゃない。吸血鬼がどうのとか、そんなの知ったことじゃない。ただ死にたくない。これは、人間だった時から何も変わってない。


 座り込んでいた体勢から一瞬で起き上がり、男とは反対側へと走り出す。

 身体が軽い。人間だった時には一生鍛えても出せなかったろう速度で、一気に駆け抜ける。

 コンビニへ駆け込めばあの男だって僕に手出しできないだろう。何せ吸血鬼の見た目は人間とほとんど変わらない。多少肌が青白く、犬歯が長いくらいだ。

 あとイケメン。イケメン爆発しろと思っていた側だけど、自分がしたいとは思わない。


 ぱすん。軽い音が響く。

 同時に右太ももが熱くなり、勢いそのままに顔面から倒れこむ。

 

「がっ……なに」


 見れば太ももに穴が開いている。出血はなく、傷口は焦げている。


「銀の弾丸だよ。銀は脆く武器には向かないのだが、君たちには有効だろう?」

「銃刀法違反!」

「安心したまえ、証拠は残さない」


 そういう事じゃない!

 ちくしょう、なんでこんな事になってるんだ。僕はただ、コンビニでお気に入りのあんぱん買って、いちごミルク買って、家で好きな動画サイトでも見よう思ってただけなのに。

 どうせ殺されるなら、吸血鬼にもならず即死していたほうがマシだったんじゃないか。

 

 ……違う。

 違う、違う、違う違う違う! そうじゃない!

 死にたくない、僕はまだ死にたくない。別に大層な夢があるわけじゃない。仕事もバイトを転々としてるフリーターで、出世欲もない。人に誇れる特技も無い。

 

 だけど、好きなアニメ見て、漫画やラノベ読んで、動画見て。他人から見たら無駄だって思えるそんな毎日が好きなんだ。だから、僕は死にたくない。


「死にたくない」

「わかるとも、私とて死にたくない。そして家族を友人を、君たちに殺されたくもない。だから狩るのだよ」

「ふざけんなよ、こちとら街中で狼に襲われたと思ったら、追加で熊が出てきた気分だっての!」

「奇遇だな、私も街中で獅子の親子を見つけたような気持ちだよ。君の境遇には同情するが、この世界に君たちの居場所などないのだ」


 銃口が僕に向けられる。今から全力で走っても、ほんの数秒も寿命は伸びないだろう。

 それでも僕は死にたくないから、まともに動く左足で地面を蹴って、無様に両手を壁について身体を前へ動かした。


 ──その一瞬が。


 ぱすんっという音が響いて。


 ──その見苦しい生への執着が。


 銃弾が僕へと届く直前に。


「この世界に居場所がないのなら、ボクが貰ってもいいかな?」


 ──僕の命を繋いだ。


 暗い路地裏に居たはずの僕は、どこかのテラスに居た。白いテーブルと椅子はアンティーク調の装飾が施され、お洒落な感じだ。

 だけどそんなことよりも、目を惹くものがある。

 それは、夜空に浮かぶ二つの月と。


「はじめまして、見知らぬ吸血鬼さん。こちらの世界へようこそ」


 自然ではありえない翡翠の髪が、風に揺れている。

 月明かりに負けることの無い白い肌は真っ赤なドレスに包まれて、幼くも魅力的な笑顔には深紅の瞳が輝いている。

 弧を描く唇から覗くのは、鋭利な犬歯。


「ボクはティリア・フォルティス。歓迎するよ、盛大にね♪」


 これは僕が死んで、吸血鬼になって、また殺されかけた長い夜の終わり。

 そして終わることの無い、長い永い異世界生活の始まりだった。

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