夢と夢が交わるとき、奇跡が起る お父さんは夢の中で異世界生活しているんだが
「思ったよりも早く森を抜けられそうだな」
「そうだね、兄さん」
俺の言葉にマギーが荷物を担ぎ直して立ち上がった。弟であるマギーの結婚式準備で町までやってきた俺達は必要な物を購入し、森を通って帰路についていた。
普段なら安全な街道を通るのだが、俺が冒険者として旅立つ日を決めているため、それまでに結婚式挙げると2人が意気込んでおり、俺の旅立ち前に結婚式をするために危険な道を通っていた。
マギー達が結婚式を挙げれば俺は旅立つ。もう会う事もないだろう。少し感傷的になったのか、普段なら絶対に言わない事をマギーに伝えてしまう。
「……。トリシアを泣かすなよ」
「分かってるよ。兄さんにとっても妹みたいだからだろ? 安心してよ、絶対に幸せにするから」
俺の言葉にマギーは笑いながらも真剣な表情で答える。幼馴染のトリシアと、弟のマギーが結婚すると決めたのは1ヶ月前だった。
……。本当なら時間を掛けて準備をしたかったろうに。結婚式なんて一生に一回だからな。
「まったく二人とも気を使い過ぎなんだよ」
「え? なにか言った?」
「なんでもない。そろそろ森を抜けるが気を付けて――がぁぁぁ!」
俺が照れ隠しの為に早口で伝えた直後。街道を見て気が緩んだのだろうか攻撃を受け、左肩から背骨にかけて襲ってきた激痛に振り返る。そこには剣を片手にニヤニヤと笑っているゴブリンの姿があった。
「どうかしたの! え!? ゴ、ゴブリン! なんでこんなところに!?」
前を歩いてた弟のマギーが何事かと慌てて振り返り、ゴブリンの姿に驚愕の表情を浮かべていた。俺は慌てて周囲を確認したが、攻撃を仕掛けたのは一匹だけであり、残りは遠くからこちらに向かってきているのが見えた。
マギーが無事で良かった。
俺はそう思いながら、攻撃してきたゴブリンに向かって剣を横薙ぎに払う。慌てて飛びのいたゴブリンを牽制しつつ、奥からやってくるゴブリン達にも意識を向けながら、攻撃を受けた左肩を確認するが激痛で動きそうもない。
これは不味い……。取りあえずマギーは逃がさないと。
「マギー! 村に戻って助けを呼んでこい! 俺が時間を稼ぐ!」
恐怖で硬直しているマギーに怒鳴りつける。突然の大声に驚いているゴブリンを見ながら、俺は痛みに耐えて剣を握り直してゴブリンを睨みつけた。
「ぐぎゃぎゃぎゃ!」
どうやら俺の大声を威嚇と勘違いしたらしく、何を喋っているのかは分からないが、攻撃してきたゴブリンは怒り狂っており、奥にいるゴブリンも急いでこっちに来ている様だった。
「ほら! 掛かって来いよ。何をびびってんだよ!」
ゴブリンに向かって再び叫びながら、逃げないマギーに再び怒鳴りつける。
「早く行けよ! 死んでトリシアを泣かす気か?」
「で、でも。兄さん……」
肩に受けた痛みは激しいが切れてないのは分かる。新調した革の鎧と、ゴブリンの剣が錆びてたからだろう。これなら時間は稼げるか?
俺は痛みに耐えつつも、マギーに笑いかけながら話す。
「ここは俺が食い止める。早くしないと俺がゴブリンを倒して村の英雄として、トリシアを奪っちまうぞ。早く行け! 他のゴブリンも来るだろう!」
「……。ごめん」
やっと行ったか。
遠ざかる足音を聞きながら安堵のため息を吐く。いくら危険な森であってもゴブリンと出会うとは思わなかった。しかも3匹もいるなんて。
だが、マギーが逃げれたから良しとしよう。
このまま2人とも死んだら笑えないからな。マギーさえ生きてればいい。トリシアも結婚前に未亡人にならなくて済む。
「ふっ。結婚してないのに未亡人っても変だな。おっと! ここから先は進ませないぜ! あいつを追いたかったら、この俺! イーノスを倒してからにするんだな!」
昔に読んだ英雄譚を思い出し、一度は言ってみたかった台詞をゴブリン達に叩きつける。肩の痛みで徐々に意識が揺らぎそうになっているが、その俺の姿が悠然として見えるのか、ゴブリン達は周りを警戒しながら咆哮を上げるだけで襲い掛かってこなかった。
◇□◇□◇□
「痛たたたた……。寝違えか?」
あまりの痛さで目が覚めた夢川 誠は、左肩から背骨にかけての激痛で息が詰まっていた。少しでも痛みを逃そうと寝返りを打ったが、痛みが増すばかりで効果はなかった。
「いつつつ……。それにしてもファンタジーな夢だったな」
誠は顔をしかめながら、先ほどの夢を思い出していた。王道展開の序章であろうゴブリン達と対峙していたイーノスの視線で夢は見えていた。自分なら、わき目もふらずに逃げ出すであろう醜悪さを放っているゴブリンに、夢の中でのイーノスは勇敢に立ち向かっていた。
「『マギーが無事に逃げてくれればいい』か。ふふっ、格好いいじゃないか。それにしても――。あたたたたた」
なんとか体を起こして壁にもたれ掛かった誠だったが、少しでも体を動かすと激痛が体中を走り、息をするのも一苦労であった。
「ダメだ、本気でダメな痛みのやつだ。寝違えじゃなくて蹴られたんじゃないのか?」
痛みで顔をしかめながら横で気持ち良さそうに寝ている小学生の息子を眺めて呟く。狭い家で寝る場所がないからと一緒に寝ていたが、小学生にしては大きな身体を考えると、そろそろ別々に寝た方がいいと感じながら、誠は1階に這うように降りて薬箱から鎮痛剤を取り出した。
「これで、痛みが治まってくれるといいけどな。……。なんだよ、夜中の2時じゃないか」
誠は壁時計を眺めてため息を吐く。鎮痛剤が効き始めるまで椅子に座り休憩しようと、誠は電子タバコを取り出して吸い始めた。
「ふー。いつつ……。それにしても背中を斬られる夢を見るとはな。仕事でストレスでも溜まってるのか?」
電子タバコを吸うたびに痛みは走るが、徐々に鎮痛剤が効いてきたのか痛みが小さくなっていくのを感じていた。そして誠は先ほどの夢を思い出しながら独り言のように呟く。
「まさか、突然ゴブリンに襲撃されるとはな。急いでるからといって、危険な森を2人で突っ切るのは無謀だったな」
大きく紫煙を吸い込み、痛みを逃すようにユックリと吐き出しながら誠は夢について考えていた。
「俺ならどうしていた? 安全重視しで馬車を使う? 警戒を最大限にする。いや、油断してなくてもダメだったろうな。どう考えても先回りされて、潜まれていたよな。痛っ! くそ、この痛みが夢と同じならヤバいな。動くのもツラいい痛みだぞ。……。イーノスはよく動いてたな。あの状態でゴブリンとどう戦うんだ? 攻撃が単調なら大ぶりの一撃を横に流し――」
真剣にゴブリンへの対処を考えている事に気付いた誠は、吸い終わった電子タバコの吸い殻を捨てながら苦笑が込み上げてきた。
「なにを真剣に考えてるんだ。夢の話じゃないか。とりあえず痛み止めも効いてきたから寝るとするか。明日も痛みが引かなかったら病院に行こう」
痛みが完全に消えたわけではないが、寝るには問題ないレベルと判断した誠は寝室に戻ると布団に潜り込もうとした。
「……。おい。寝相が悪いにもほどがあるぞ、我が息子よ」
天使の寝顔で二つ並んでいる布団を両方とも占拠している息子に、痛みが治まりきっていない身体でなんとか移動させると誠は布団に潜り込んだ。
◇□◇□◇□
「くっ! このままではゴブリンが合流して――」
あれ? 痛みが引いてきた?
それまでの痛みが嘘のように治まっていくのを感じる。防戦一方だったのが、痛みも引いて徐々に攻撃も出来るようになった。今までの痛みは嘘だったのか? そんな事を思えるように痛みは消え、動きも軽やかになっていくのを感じた。
「ぐぎゃ! ぎゃぎゃぎゃ!」
動きが良くなっている事を不思議に思っている俺だが、目の前のゴブリンも戸惑っているように見えた。焦ったように錆びた剣を大降りで攻撃してくるのを躱しながら、俺はどう動くかを自然と感じていた。
冴えわたる感覚が俺の全身を冷静に見つめる。
手首の動きで剣が滑らかに操れる事を気付く。
相手の一挙手、一投足が手に取るように分かる。
俺は全てを身体に任せるように剣を振るい、ゴブリンの右手を切り落とした。
「ぎゃー! ぐぎゃぎゃ……」
手を切り落としたゴブリンの胸に剣を突き刺す。死相が浮かんでいるブリンが必死に暴れているが、俺は剣をさらに押し込んでいく。
「さっさとくたばりやがれ!」
俺の絶叫に負けたかのように、最後まで暴れていたゴブリンが徐々に動かなくなり、最後は青い光を放って消え去った。
「勝った……。1対1で勝ったぞ! 俺がゴブリンを倒したんだ! 残りも狩ってやる! さあ、かかってこい!」
なぜか疲れない身体を疑問に思う暇もなく、俺は歓喜の雄叫びを上げながら残り2匹のゴブリンに対処する為に剣を構えた。