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疑惑四、を検証したい

今日は結局、疑惑の真相は一つも検証できなかった。

分かったことをつらつらと書き出しながら、ジーンはため息をついた。

夕食準備までの時間は、小さい子たちの昼寝や大きい子たちの勉強に当てられている。手伝いを申し出たジーンだが、ミンミが興奮してかえって寝ないからとポリーに断られ、今のうちに休憩するように言われてしまった。

旅の疲れが全くないとは言わないが、普段から働きづめの生活に慣れきっているので、横になる気も起きなかった。

むしろ、子どもたちの生活域に入って見たかったのだが、視察であることはユーリオ以外には内緒なのだ。あまり無理を言っては怪しまれてしまう。

結局机に向かってメモをとっているのだが、これはほとんど癖とか習い性とか、そんな域を出ない行動だった。

何しろ大した情報がないのだから。キャロルからミンミまでの名前や年齢、髪や目の色などを書き出してしまうと、ほぼ終了だ。

「やっぱり、上から下まで誰ひとり藍色の目の子はいないわ」

十二人全てが隠し子だと主張する密告者は、この中にユーリオの色彩を受け継いだ子どもが一人もいない事実を、どう説明する気だったのだろう。そもそも年齢の件もあるし、かなり無責任な悪意のみの密告と言えよう。

しかも、『幼女を誑かした』という矛盾した密告もあるのだから、なおのことだ。

ジーンは頬杖をついてため息をついた。

ユーリオに似ていない子どもたち。彼らは

見るからに健康で、ほぼ全員が情緒も安定している。

そのためこの二つの疑惑に関しては、とりあえず白と仮定して証明になり得る事実を連ねる方針でいくつもりだ。しかし、「ある」ことの証明より「無い」ことのそれの方が難しいものだ。その場合、最良の手は悪意の密告者を特定することだろう。

では、密告者の動機は何か。

「…女の恨み」

思わず口をついたのは、軽薄な笑顔が脳裏に蘇ったせいだ。

ついさっき、昼食前の裏庭でも、ユーリオはお仕置きと称して抱擁の許可を求めてきた。もちろん無視して立ち去ったが、ジーンは深い精神的疲労を感じていた。

ああいう輩は神殿はもちろんそれ以外でも、ジーンの周りには今までいなかった。だから、対同僚・上司用の返答が応用できない。

思い出してまたうまく立ち回れない自分に腹が立って、ジーンは手帳の上で頭を左右にぶんぶんふった。

でも、あの軽い態度でつられる女性だっているに違いない、と左右に揺れる視界の中で考える。

何しろあの男は、見た目が良い。表情の軽薄さに隠れているが、顔立ちは整っていると言っていい。亜麻色の柔らかそうな髪と藍色の目は、若い娘にさぞ鮮やかな印象を植えつけることだろう。ふっと昼間の濡れた髪と存外邪気のない笑顔が蘇って、がばっと顔を上げた。

「も、もしくはその周りの男か!」

おかしな風に熱くなる頬を両手で叩く。

痛みでほんの少し気持ちが切り替わった気がした。まずい方向に頭が向かう前に、動くべきだと冷静な部分が言う。

――まずい方向って…?

ジーンはえいと立ち上がった。手早くスカートのしわを伸ばして、そのまま部屋から出る。

「あら、どちらへ?」

「少し歩いてきますね」

通りかかったブレンダに何とか微笑んで答えて、神殿を出ると、少し坂を下った。

昨日着いたときに歩いたから、街の方角には見当がついていた。

やや曲がった道なりに進むと、活気のある大通りへとぶつかった。夕食には早い時間にも関わらず、仕事を終えた漁師たちなのか、逞しい若者達で食堂や飲み屋が賑わっている。

ジーンはその中で食堂と飲み屋の中間くらいに見える1軒に入り、飲み物を注文した。

「見かけない顔だね。お嬢さん、観光かい?」

「海神殿を見るために来たんです」

注文したジュースを運んできた中年の女性に聞かれ、にこっと笑顔を作って答える。営業用の顔だが、言葉は嘘ではない。

女性は途端にうれしげな顔になった。

「そうかいそうかい。ここの海神殿は特別だからねぇ」

「特別?」

ジーンは地元自慢を微笑ましく思いながら、首をかしげて先を促した。

「そうさ。神殿はたくさんあるけど、リトナはご利益がちゃーんとあるからねぇ」

「まーた始まったよ、おばちゃんの海神びいきが」

別のテーブルから冷やかすような呆れたような声が上がるが、『おばちゃん』は気にもとめなかった。

「なんたって海神様が美男子ときたもんだ。会うだけで元気になるから、お嬢さんも絶対会っときな!」

海神様とはユーリオのことなのだろう。予想通りの女性人気だなと思いながら、もう会ったとも言えず曖昧に頷いていると、先ほど声の上がったテーブルの面々が苦笑いしていた。

「ここのおばちゃんファンクラブの会員でさ。悪いね、突然変な話になって」

「でも、それぬきにしてもいいところだよ、リトナの神殿は」

彼らはそれから、リトナへようこそ、と言ってくれた。年の頃はジーンより少し上、ユーリオと同じくらいだろうか。ジーンは笑顔を返しながら、机の下で指を折った。

――ユーリオ・リトナには熱烈なファンクラブがある。

――男性陣は呆れつつもその状況を憎らしくまでは思っていない…と見えるが、断定にはもっと情報が必要だろう。

「神殿にファンクラブですか?珍しいですね」

話し好きそうな店主に聞いてみる。

返事は他から返ってきた。

「神殿ていうか、神官長のね。この街の女の半分くらいは入ってるんじゃないか。もてるもてる」

「まぁその割にあいつ誰ともくっつかないからなぁ、ざまぁみろだ」

「こぉら!あんなに良い子になんてこというんだい」

店主がぱこんとお盆でお客を叩いた。

しかし叩かれた方も肩をすくめるだけで、笑っている。

「冗談だって。俺たちだって、知ってるよ。…あいつが孤児引き取りまくっててふられたことくらい」

最後の方は本当に残念そうに皆机に目を落としたので、ジーンの方が反応に困ってしまった。見回せば、店中が肩を落としている。

「ええと…本当に、すてきな神殿なんですね!」

努めて明るい声を出すと、おばちゃんがはっとしたように顔を上げる。

「そう!そうなんだよ。ぜひ行っておくれ!」「はい」

ジーンはジュースの代金を払って店を出た。

それから、人気のない場所を求めて歩いた。

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