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疑惑一再び、その男はやっぱり女好きかもしれません

「えー、こちらが噂のジーン・エレナンさんです!」

なかなか盛大な拍手がわき、ジーンは恐縮して頭を下げた。

広くて天井の高い食堂に、十数名の子どもたちとそれよりは少ない大人たちが集っている。

「じゃあここで、質問ターイム!」

「いきなりか!」

「ユーリオ、説明省きすぎ!」

年かさの少年少女がヤジをとばす。そうだそうだ、とジーンも思ったが、一応黙っておく。

「まあまあ、いいじゃん。ほら、みんな知りたいことないの?チャンスだよ?」

軽い。この男は、やはり神官長として軽すぎる。ジーンはこの軽薄さを報告書に書くべきかと思案する。

そこへ、小さな手が挙がる。

「はい、ナタリエ」

赤毛のふわふわした髪を二つに結わえた可愛い女の子を、ユーリオが指名する。

「はい!あのね、何歳ですか?」

「今年二十才になりました」

「へえっじゃあユーリオとちょうどいいね」

満足げにうなずく女の子たちに、ジーンはとても申し訳なく思った。自分が婚約者候補としてここにいることを改めて意識する。

「好きなタイプ!」

「えーと…それは、考えたことがありませんでした」

ちょっとした不満の声が上がるも、すぐに次の子どもが指名され、質問がうつる。

「どこからきたんですか?!」

「ずっとずっと東の、エレナの太陽神殿から来ました」

「遠いの?どのくらい?」

「ここからだと、2カ月くらいかかるかな。…なぁに?」

小さな子どもがスカートを握ってきたので、ジーンはかがみ込んだ。

まだ髪の毛が猫の毛より柔らかそうな、赤子と幼児の間ほどの女の子だ。

「おねーちゃは、ずっといる?いて?」

言葉につまったジーンは、困ったあげくユーリオを見上げた。

「おっと、それはジーンさんだけじゃなくて俺の頑張り次第かなミンミ。だから応援しろよー?」

不自然な間が開く前にユーリオはさらりと流した。

その後はまた他愛もない質問が続いたが、その間のことをジーンはあまりよく覚えていない。


挨拶に続いて夕餉の時間が終わり、ジーンはユーリオから茶に誘われた。とはいえ場所は食堂の隅だから、夜に異性と二人きりという雰囲気ではない。それでジーンも安心してうなずいた。

子どもたちの姿が消えるなり黙りこんでいるジーンに、ユーリオもすぐに気付いた。

「なんか俺、気を悪くするようなこと、言った?」

「いえ」

ジーンは首をふって否定する。けれど、俯いた顔は上げられなかった。ちょうど手元に残っていた布巾で、机を拭いてごまかす。

「そぉ?なら、いいけど」

まだ気にした様子ながらも、彼はそれ以上追求しなかった。

「ありがとな」

ジーンは首をかしげた。台ふきのことだろうかと思いつく。

「いや、それもだけど、ミンミを傷つけないように気をつけてくれてってこと」

「いえ。それは契約ですし」

「でも、あの後もずっと頭を撫でてくれてたろ?」

「そうでしたか?」

正直あまり覚えていない。

子どもたちの期待する目に、ジーンは余裕でいられなかったのだ。やがて立ち去る身の申し訳なさで、いっぱいになってしまった。こんなふうに迎えられ、後々悲しい思いをさせるような予定ではなかったのにという戸惑いと、同じだけの上司への怒りが、胸の中を渦巻いていた。

「あの、ユーリオ様」

「呼び捨てでいーよ」

「いえ。それはさすがに」

まあ徐々にね、と首をすくめて、ユーリオは切り替えてくれた。

「で、何?」

「私が居なくなることを考えると、婚約者候補という設定はやはりやめた方が良かったように思いまして」

ジーンは声を抑えて、言った。

「あ、そこ気にしてくれてんだね」

軽く目を見開いた後、うーんとユーリオがうなる。それから、ちょいちょいとジーンに向かって手招きした。

ジーンが机を回ってユーリオの側に行くと、彼は軽く顔を寄せる。耳に息が、かかる。

「まあ、神殿の手紙が来たときにもう、婚約者候補が来るって言っちゃってたんだよね」

近すぎる距離にくらくらしかけたが、聞こえた言葉に一瞬で頭が冷えた。

「そうでしたか…本当に、すみません」

それでは、今日になってやっぱり違いますと覆すわけにはいかなかったわけだ。ユーリオはジーンも知らなかったのだからと言ってくれたが、ため息がこぼれた。

「みんな、貴方の結婚を楽しみにしているんですね」

これがひしひしと伝わってくるからこそいたたまれない。また落ち着かなくなって、手近な椅子の背もたれを拭く。お茶を飲んでいるのは、気付けばユーリオだけだ。

「まあねぇ。年寄り連中も子どもたちも、お祝いごとでぱあっと騒ぎたいんだろうね」

「はぁ」

軽く言うが、それだけが理由だろうかとジーンは思う。

普通、知りもしない人間が突然自分達の生活を脅かすというのは、嫌がられるものではないのか。ジーンの背後に太陽神殿があるから、邪険に出来ないのだとしても、敬遠するのが普通ではないか。

ジーンは可能性をいくつか思い浮かべる。

一つ。ユーリオが密告通り女癖の悪い人間で、相手が誰であろうと早く身を固めて欲しいという線。

二つ。リトナの海神殿が、ジーンを通じて太陽神殿とのつながりを期待しているという線。

ちらりと斜め上をうかがえば、ユーリオは、首の後ろに手をやって呑気そうに首を回している。少なくとも、本人には太陽神殿におもねろうという気はなさそうに見える。

しかし、まだ一日目だ。確実に言えることは、彼が神殿の皆に好かれているということだけ。

これからだ、と唇を引き締めたジーンの背中に違和感。

「俺は期待に応えるのもやぶさかではないけどね」

背中からするりと腰ぎりぎりまで動いた滑らかな手の動きに、ジーンは飛び上がって距離をとった。

「本当にやめて下さい!性的嫌がらせですか?!」

いつの間にか後ろにいたユーリオが、振り回された布巾を防ぐように両手を挙げて無罪を主張する。

「うわっ!…って、ちょっとジーンちゃん知らないの?これくらいは婚約者間ではコミュニケーションでしょ?」

「そんな常識ありませんよね?!」

ジーンは神殿育ちでも即神殿入りの純粋培養ではないのだ。

「あ、今ちって舌ならしましたね!」

この神官長の手癖と柄が悪いことだけは確かだ。

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