疑惑三、この男は二枚舌です
敬語禁止。
子ども達には査察中だとばれないこと。
これがユーリオ側の出した条件だった。
対してジーンは。
「えー、住み込みはいいけどさ、接触禁止ってさすがに無理じゃない?」
何故か猛抗議を受けていた。
「転びかけてたら人として助けるし、ぶつかることだってあるし、いろいろありうるでしょ?触らないのは無理だって」
「イレギュラーのみ除けばよいですよね」
「よくない良くない。子ども達には査察がばれないようにっていったでしょ?ジーンのことは、奴らにはお嫁さん候補って言っといた方がいい。その方が安心するから」
「ですからそれはさっき申し上げたとおり」
「ほらその感じ!堅い!無しだな~。子どもが何かと思うよ、その堅さ」
「だから、婚約は」
「婚約はそもそも、太陽神殿の正式な書類にあったことだよ。こちらから見送りの連絡を入れても、あっちから返事をもらうまで、ジーンは仮といえども婚約者候補なんだ。嘘はよくないよね」
そう言われてしまえば、ジーンに言い返す言葉はない。
はっきり言って、さっきの言葉はどこへ行ったと思うが、『太陽神殿の書類』を出されてしまえばお手上げなのだ。
婚約はジーンの本意ではないのではと気遣うようなことを言っていたくせに、あれは演技か、このやろうと思いつつ引きつった笑みを浮かべるのがせいぜい。
「ということで、君は俺のお嫁さん候補として紹介するよ。だから、多少の接触は避けられないね」
「…承知しました…けど、あくまで候補で、変更の可能性が高いことを伝えてくださいね」
「分かったわかった」
2回連続の返事には、信頼性がまるでない。
「査察の進み具合によってはすぐに帰ることになるかもしれませんし」
「まあ、期間は長くて、今日出した手紙の返事をもらうまでの2カ月位ってとこかな」
立ち上がったユーリオが、ジーンに手を下から差し出した。
「よろしく、婚約者殿」
ジーンはその手をまじまじ見た。
それから、そこに指を置くことはせず、横から握って握手した。
「こちらこそよろしくお願いいたします、神官長様」
応接室を出た頃には、日が傾いてそろそろ沈もうかというところだった。
水平線に近づいていく橙色の太陽は、ゆらゆらと揺れて見える。普段よりずっと、それが燃える炎の塊であることを感じさせる。
「海まで、赤い…」
「日が沈むのが珍しいの?」
食堂へ案内してくれていた少女が、不思議そうに首をかしげる。
「ええ。太陽は、エレナでは山に沈むものだったから。大地が赤く染まるのは当たり前に思って来たけれど、海の水が燃えて見えるのは、本当に不思議だわ」
「私なら、山に日が沈む方が不思議に思えるけどな。ね、こことどんな風に違うの?」
見上げる少女と目を合わせ、それからジーンはまた回廊から見える夕日を眺め、少し考えた。
「王都の町並みの向こうに日が沈むときは、太陽は黒い山に隠れるの。こんなふうにゆらゆら揺らめいては見えないわ」
太陽神殿のあがめる太陽は、揺るぎなく大きな存在だ。どこでも等しく地上を照らすのだと思ってきた。けれど、こんなふうにところ変われば違う表情を見せるのだ。そのことに、ジーンは胸の奥がざわざわと騒ぐのを感じた。
「よかった」
少女が笑いながら言ったので、今度はジーンが首をかしげた。
「ここの景色を気に入ってくれて、よかったって思って。だってジーンさんて、ユーリオのお嫁さんなんでしょ?」
その立場が広がる早さも、面と向かって言われる衝撃も、想像以上だった。
「…候補、ね」
ジーンは細心の注意を払って、笑顔が引きつらないように調節した。