表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/44

続 疑惑二…についての検証

「つまり、彼らは孤児だと」

「そうそう」

「では、なぜ普通に孤児院をひらかないのです?」

神殿には孤児院や診療所を開くことが許されている。

そう指摘すると、青年は肩を竦めた。

「孤児院を開くと、将来的に巫女か神官にしないといけないでしょ」

それはジーンもよく知っている事実だった。

この国で、神殿の開設する孤児院は、慈善だけを目的にするものではない。孤児は物心つくころには学問よりも神殿の仕事を第一に教えられ、手伝うことが課せられる。これは、孤児院設置に関する規則に定められているのだ。そのため子どもたちは成人後も下働きとして神殿で働くことがほとんどだし、そうなるべきだと言われて育つ。完全な強制ではないにしろ、実質的にもそれ以外の道を選べない状況にあるのだ。

「だから、自分の子どもとして育てているということですか」

「そうそう。あれ、信じてない?」

ジーンの顔に浮かんだだろう戸惑いを、ユーリオは見逃さなかった。

「ええ…だって、子ども達は、先ほど姿が見えただけでも十人はいましたよね。孤児院の申請をしなければ補助金も下りませんよ。個人の資産で育てることになりますよね?そんな例は、聞いたことがありません」

いくら神官長の収入が一般庶民より多いと言っても、それだけの人数を世話するには、かなり身を削らねばならないだろう。自分の種だから仕方なく隠し子として育てている、という方がよっぽど信憑性がある。

目でも口でもそう告げた彼女の前で、ユーリオはぐっと両手を組んで伸びをした。

「まー、いいけどね~」

ユーリオの顔が、すっと逸らされそうになる。けれどその前に、ジーンは素早く口を挟んだ。

「ただ」

かろうじて合ったままの青い目に、少しの安堵とそんなふうに思った自分への疑問を抱きつつ、口を動かす。

「一番年長のお子さんが明らかに十歳以上でしたから、年の差を考えると、信じるしかありません」

そんなことすら気付かない愚か者だと思われるのはジーンにとって屈辱だ。ジーンは確かにここへ不正や不道徳の実態をつかみに来たが、ありもしないものを高らかにうたいあげて手柄顔をするような、そんな誇りのないまねをする気はないのだ。

「でも、それならばやはり、孤児院として申請すべきかと思います」

一度見開かれていたユーリオの目が、警戒するように細められた。

「なぜ?子どもが幼いうちに人生を縛られるのに?」

声が少し低くなり、威圧感が増す。この点に関して、目の前の人物は主義主張を誤魔化したり隠したりする気はないらしい。

はっきりとした不快感を示されつつも、ジーンの心はむしろ凪いでおり、彼女の頭は冷静だった。

「子ども達の人生が縛られていいわけがないでしょう」

ジーンは背筋を伸ばして真顔で視線を受け止めた。

「神殿の孤児院出の子どもの進路が決まってしまうのは、神学以外を学ぶ機会がないせいです。規則を守りさえすれば算術や文学を教えてはいけないわけではありませんし、一応職業選択を強制する文言はないのです」

「規則はそうでも、現実問題、太陽神殿が許すかな?」

試すような声だった。

ジーンは、ひるむ必要も演ずる必要もなかった。

「許しますよ、一応」

「確信を持ってるみたいだね」

「私がそうですから」

ジーンはユーリオの目をただ真っ直ぐに見つめ返した。

「へえ」

短い返事。驚きも蔑みも見られないことに、ジーンはある種の感慨を覚える。

「ですから、手続きをお勧めします。うまく工夫されれば、よりよい環境で育てることも可能になるでしょう。書類は私もお作りすることが出来ますし」

「ふうん。そっか、それなら考えてみるよ」

ユーリオが笑ってそう言ったので、ジーンも少しほほえみ返した。

清々しい気分だった。

孤児院出身のジーンにとって、孤児の環境改善に口添え出来ることは、文官冥利に尽きる。リトナでそんな事態が起きるとは全く予想外だったが、思わぬところで密かに抱いていた望みがひとつ叶いそうだ。

ふふ、と笑みがこぼれる。

「で、それが用事だったの?」

「え?!」

ジーンはすっとんきょうな声を上げてしまった。

そしてはっと、口を押さえた。

すっかり当初の目的を忘れていた。そう、何のためにリトナに来たのか、それをうまく誤魔化すため、もしくは密告の疑惑を解明してさっさと帰るために自分からふった話題だったのだ。もしとって返すことになってもこの件だけははっきりさせよう、と意気込みすぎたのが徒となった。

「あ、いえ、これはただ確認をしたかったと言いますか…ええと…」

無理矢理でも、嘘をついて頷いておけばよかったと思うが、後の祭だ。隠し子の件で怪しいそぶりがあれば、そのままそれを報告書に仕上げて即帰路についてもよかったが、この疑惑は取り下げだ。もう一つ、女好きの疑惑はあるが、『一度抱擁された。その際臀部に指が触れかけた』なんて報告書はどれだけ効力をもつのだろう。しかも、『婚約者候補に』と枕に付いていたら。

もっと事例を重ねれば、あるいはいけるのか?しかし事例を重ねるというのは、ジーンがまたあんなふうに抱擁を受けるということだ。果たしてそれが、ジーンの出世道に胸を張って刻める報告書なのか。

しばらく目を泳がせたあと、ジーンは観念した。

「私は、実は失礼ながらこちらの神殿の査察を言いつかってきたのです。こちらの神殿について、いくつかの通告が届いていたものですから」

うまい言い訳は思いつかなかったが、諦めて帰るのも嫌だ。開き直ったジーンに、さすがにユーリオも驚いたのか目を見開いた。

「そんなことを言っちゃっていいの?査察ってこっそりするもんじゃない?」

恨めしい目で、ジーンは答えた。

「こっそり進めるために準備されたポジションが婚約者候補だったので、残念ながらこっそりしていられなかったのです」

ユーリオは、改めて頬杖をついて苦笑した。

「それってさぁ、婚約者候補って言っといて、後から理由つけて蹴ればいいんじゃないの?むしろ査察で問題見つければ破談もしやすいとか、上はそういう意図だったように思うけど」

俺もその間いろいろ楽しめるし、と付け加えられて、ジーンは感心して緩みかけていた顔をしかめた。

「もうこの際はっきり申し上げますけれど、私に婚約の意思はありません。私は、太陽神殿に帰ってばんばん出世するんです」

「なら、もう帰るの?」

「いえ!不正にしろ潔白にしろ何かしら証拠をつかんでから帰ります!」

ユーリオがけらけらと笑った。

「オーケー。そういうはっきりしたのは嫌いじゃないよ。じゃあ、君が望む証拠を手に入れるまで、ここで暮らすルールを確認しよう」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ