六、過去
「やっぱり、ここにいたんだな…。姫野。」
由紀乃は泣いていた。
「植野から聞いたぞ。一人になりたいときは、ここにくるって。」
【緑の丘】。この街全体を見渡せる、丘を街の人は、そう呼んでいる。
「何で…?私とあなたは、他人じゃない…。何で私のために、こんなところまで…、くるの…?」「それは…、俺たちは、クラスメートだろ。隠し事なんかしないで、嫌な事があるなら、言ってみろよ…。」
「あなたに言って、なんになるのよ…。」
「…俺からは、逃げないんだな…。」
「え?…。」
結城は、由紀乃の隣に座った。
「ほら、姫野…、お前、男が苦手なんだって?」
「梨佳から…、聞いたんだ…。」
由紀乃は、荷物と楽器を右に寄せた。
「綺麗だな…、ここから見る空は。」
雨は、止んでいた。
「うん…。」
結城の気持ちと、由紀乃の気持ちは、今、一つになっている。
「私ね、入学式の時から、鈴川君は、今までの人と違う…、人だと思ってたんだ。」
「…。」
「私ね、小学校の時、いじめられていたの…。」「えっ?…。」
「それでも、友達もいたし、耐えられる。って、思ってたの。」
空の星が、一層強く、光った。
「でもね、日に日にエスカレートして…、耐えられなくなって…、私、死んじゃおうかなって…。思ったんだ。」
「…。」
結城は、自分の気持ちに、気付きはじめていた。
「すると、一人の男の子がね、私を庇ってくれたの…。」
「由紀乃をいじめていた…、奴らも男だな…?…。」
由紀乃は、泣いてはいなかった。涙が枯れてしまったのか、目に力がない。
「その男の子は、私を庇ったばかりに、皆から、私の代わりにいじめを受けたの…。」
由紀乃は立った。
「でね、その男の子に、ありがとうって、伝えようと、…。」
由紀乃は前に進む。
「おい、姫野?」
「そしたら、次の日に、男の子…、そのいじめをしていた…男の子達に、道路に突き飛ばされて…。」
由紀乃は、丘のギリギリで立っている。
「死んじゃったの…。」
「姫野…!」
「全部、私のせい…。」
「お前は、それで、男が…。」
小さな雨の滴が、二人を濡らす。
「でもね、結城君、あなたはね…、あの男の子みたいなんだ…。」
「…。」
「優しい…、優しい心を持ってる。」
「ありがとう…。」
「おい…!やめろ…。」
由紀乃の体が、結城の視界から消える。
「由紀乃ぉおおおおおっ!!!!!!」