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9. 死体

 夜、目が覚めて私は家の近所を歩いていた。空は腐ったソーダアイスみたいな紺色でそろそろ雨の中を朝が来ることを教えている。

 私はビニール傘を開いてその明け方の道を歩いていく。

 ふと大きな通りに出る。その先は駅へと続いている道だった。その道路の中心に黒い傘を差した。女がいた。

 黒いレースの膝下まであるスカートがこちら側から見える。肩から上は傘が影になっていて見えなかった。広い通りなので街灯が二つあった。その道路の中心に女はいる。

 女は何かをささやいていた。

「ねぇ、私の小鳥ちゃん。おはよう。これから目が覚めるのよ」女は九十度体を曲げると横顔が見えた。その横顔の先が街路樹を見つめていた。「朝よ。起きて」女はそう木々に向かって言っている。

「おはようございます!」私は思い切って女に声をかけた。

「おはよう、あなたが紫雪子むらさきゆきこさんね。待っていたの。眠っている小鳥たちと一緒に」女はようやくこちらを向いた女は化粧を上品に使い肌色と白色の膜のようなものが顔に張り付いていた。時折それに雨粒が当たりとろりとそれと一体になる。なんだか艶めかしい化粧をした人形のようであった。

「私を待っていたんですか?」

「そう、あなたはここに来ることが決まっていたの。たまたまじゃないわ、あなたは決まりきった日常を過ごしているのよ」と言って黒い女は笑い、「そこから逃れたいの?」

「私は・・・」

「いいのよ。あなたはあなたなんだからこの先もずっと」

「神様?」

「私は神様じゃないわ。人形師よ」女はどこからか人形を取り出した。それは等身大の人形で女の陰になって見えなかったが女の後ろには紅色の棺があった。「ほら、見てこれあなたなの」

「わっ、私の死体?」

「そうよ、あなたの死体。これからこれを買った人のもとへ運ぶのよ。あなたもいらっしゃい」そう言うと女はゲームの棺のように棺についた紐を持って雨の中を歩いていく。

 私は女のあとをついていく。引きずられた棺の下についたタイヤからコロコロコロと静かに動く音がしていた。あたりはようやくやわらかな朝日が出始めていた。それは曇ったそらの向こうにただぼんやりと光を放っていた。雨模様のその道を歩いていく。

 そうして歩いていくと森へと近づいた。木々の木の葉が濡れて光を放っている。車の中から見たカーライトのように滲んでそれらが見える。私の死体は私の前を歩き、私自身は家の中で夢でも見ているのだろうとなんとなく思っていた。

 だって私は風邪を引いて寝込んでいるのだから。これ現実ではないと体の一部が告げていた。それを信じていいものかどうか、私にはとうてい判断がつかなかったけど。

 なんとなく気分は夢だった。

 女はゴシックロリータの洋装で背中の真ん中に薔薇の模様がしてあった。その下に『人形NO.001』と書かれていた。この女性も人形なのだろうか、と私は彼女の後姿をみて考える。でも人形師と言っていたし、違うのだろう。

 森へ入っていくと小鳥が鳴いていた。その声が想像よりも大きく聞こえた。上を見上げると樹木の枝で空はところどころ遮られている。空を見上げたせいで私の顔に雨がついた。私はポケットからハンカチで雨をぬぐうとまた歩き出す。

 棺はもうびしょ濡れで中まで浸水していないか私は気が気がでなかった。女の顔は傘のせいで見えなかった。

 どろどろになった森の地面はよくすべる。私は転げないように足元とそれから女を見ながら歩いていく。

「ねぇ、あなた名前は?」

「私?新藤しんどうよ」

「新藤さんね。よろしくね」

「うふっ、よろしく」

 しばらく歩いていくと白い壁の家が見えてきた。森の切れ目にポツリと立っている。屋根はオレンジ色で今はそれは雨で濡れて美味しそうなチョコレートのようであった。

 女はインターフォンを鳴らした。それから家のドアの前に立ちノブを握る。女の手はすべすべとしてそうであったがそでから雨粒が垂れた。それが一滴落ちるころ女はドア開けて中に入っていった。

「知らない人のお家に入っていいのかしら」と私は言って女の後に続く。



 家の中は人の気配がなかった。ただ掃除は行き届いており、清潔だった。私たちは靴も脱がずにそこにあがりこんだ。

 家の奥へと進むとガラスケースがあった。人の大きさくらいの高さで幅は1mくらいの直方体のガラスケース。

 女は棺を開くと私の死体を取り出してガラスケースの中に入れた。私の死体はそのガラスケースのなかで赤子のように丸まって寝ている。腐敗臭はしないかわりに雨の匂いと甘酸っぱい私の汗の臭いがしていた。

 ガラスケースに入れられた私の死体はピクピクと動いていた。

 それからバタンと手のひらをケースに押し付ける。ガラスケースは閉じていて動かなかった。そして私の死体は起き上がった。

「おはよう、小鳥ちゃん」女がそう言った。

「朝ね、私の名前は?」

「あなたは紫雪子」

「私は紫雪子」私の死体はその言葉を繰り返した。

 私も自分の死体に近づいて話してみる。「ねぇ、私の死体さん。あなたは一体なんで動いてるの?」

「私は人形師に新たな生命を吹き込まれたのです。ちょうどあなたと同じように」

「そうなんだ、私の分身さん」

「ちょっと眠るね。私眠いの」そう言って死体は横になって眠ってしまった。

 私は呼吸をしていると次第にこの場所から消えていくのがわかった。

 誰かの呼吸で私は意識が変化していく。


 気が付くと朝の六時だった。私は自分の家の自室のベッドで目を覚ました。

「今日は学校はあるのかしら」私は下の階に下りていく。

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