6. 外はまだ雨
「外はまだ雨ね」静かに雨音が室内に侵入していた。「雨の日に即死だなんて、中々ドラマチックな最期だったわ」
「それは結構なことです。私たちは死を演出してその先の世界をグルーヴすることにあるのです」
「グルーヴって?」
「それは勿論、死の味と香りを持った重力ですよ」
「それはグラヴィティでは?」
「それでは堕ちていきましょうか」
「雨の七日間を?」
「そうです」
気が付くと私は私の家の自分の部屋のベッドで寝ていた。「転生したのね」新しい私は死の香りがしていた。左手首を齧ってみる。
私の糸切り歯が白い肌に食い込み、やがて肌を破き血がにじみ出てくる。それは死の味がしていた。「美味しい」
「雪子、帰ったの?あなた風邪引いてるんだし、外に出ちゃ駄目じゃない。何処に行ってたの?」と母さんが部屋の扉を開き入ってきた。
「あ、母さん。私、グランドゴールデンマジシャンに行ってきたの」
「こんな雨の中を?あなた怪我してるじゃない、ちょっと待ってて救急箱持ってくるから」と言って母さんは箱を取りに行った。
私は左腕から流れる血を舌ベラで舐める。錆びた水道の赤茶けた水の味がいていた。それは雨の味にも似ていた。
「これが死の味」
母さんが部屋に戻ってくる。私がいるベッドの横にかがみ救急箱の蓋を開けると消毒液を取り出し、私の左腕にチョンチョンと付ける。「ちょっとしみる」私はちょっぴり涙が出てくる。
「我慢しなさい」そう言って母さんは私の左腕に包帯を巻いていく。白い包帯はほんのりと赤い血で滲む。
「あのね、母さん。私、死んじゃったみたいなの」
「なにバカなこと言ってるの。あなたはまだ生きてるわよ」と言って私のおでこに軽くデコピンをする。
「あっ、痛」
「死ぬのは母さんの後にしなさい?わかった?」
「わかったよ。母さん、何も信じてくれないのね」
「あなたのことはいつも信じてるわよ。でもね軽率に死んだなんて言わないでほしいの。それがもし高熱のせいだとしてもよ」
「うん、ごめん」でも私はすでに死んでいた。遠くでウグイスの鳴き声がしていた。
マジシャンは行方不明になると言ってたけど、私はもう母さんに発見されている。怪我だってするし、血液だって出てくる。
「もしかしたら私はあそこに倒れたままいるのかもしれない。もう一つの私は」
「ん?何、雪子?」
「ううん、なんでもない」
「じゃあ大人しくしてるのよ。眠れないなら本でも読んでなさい」
「わかった」
母さんは部屋から去っていくと、私は本棚から本を選ぶ。ハリー・ポッターの小説を選んだ。
ベッドに戻って寝そべりながらそれを始めのページから読んでいく。魔法使いの小説だった。
ちなみに私は魔法使いじゃない。
グランドゴールデンマジシャン、あそこは魔法使いがいる場所だったが。マジシャンの他には誰がいるのだろうか?
読み読み、小説の文字を目で追っていく。段々と目が琥珀色のウィスキーのようにトロトロしてきた。
「ああ、お酒でも飲もうかな」私はそう思ってキッチンがある一階に下りていく。
冷蔵庫の中にポートワインが入っていたので、それを飲むことにした。私は女子高生で、未成年だからお酒を飲むことは秘密にしてね。
ワイングラスにトプトプとポートワインを注いでいく。八分目まで入れるとワインの瓶を冷蔵庫に戻した。
ワインを口にゆっくり含み、口の中でそれが温まったあとに喉の奥に流し込む。
あたたかい。ポートワインは美味しかった。
「久しぶりに飲む酒は格別ね!」なんだかウキウキしてきた。そのグラスを飲み干してしまうと私は玄関になんとなく向かった。
玄関扉の曇りガラスの向こうに人影があった。
「誰かいるんですか?」私は聞いてみる。私がそう言うと人影は何も告げずに消えていった。
「ヒックヒック。うひひひひひひ」完全に酔いが回っていた。