三人称視点6:ライジングサン(上)
○………スカゲラク海峡………○
1917年5月10日午前6時10分、デンマークから20キロ離れたスカゲラク海峡の海上で日英仏連合国軍の艦隊とドイツ海軍との史上最大の決戦が行われようとしている。
交戦戦力は連合国軍艦艇166隻、対してドイツ軍120隻、ヴェルトハイム級軍用飛行船2隻、が現場海域に集結しつつある。
イギリス・フランス海軍は機動力の高い駆逐艦や軽巡洋艦を中心とした魚雷攻撃を得意とする軽装甲艦を重点的に配備、イギリス海軍旗艦である巡洋戦艦「インヴィンシブル」が作戦の指揮を執ることとなる。
日本海軍は千坂智次郎中将率いる日本海軍の「第二欧州派遣艦隊」から戦艦「金剛」を中心とする大型艦艇部隊16隻が作戦に参加している。
連合国軍の作戦名は「ヤークト作戦」ドイツ軍では「クヴェーレン作戦」と呼称されることとなる。
連合国軍の目的はドイツ海軍へ可能な限り打撃を与えて、ドイツ軍占領下のデンマーク沿岸地域の無力化であった。
ドイツ軍は占領したデンマークで潜水艦や小型艇の製造を行っており、これらの海上戦力の増強は連合国軍にとって非常に脅威なものだ。
オランダやベルギーでは海上戦力の存在は確認できなかったが、ドイツの占領下にあるデンマークではオーフスやフレゼレシアでドイツ軍指導の元で、艦艇を建造しているのが英仏が放ったスパイによって確認されている。
すでに北海ではドイツ軍の潜水艦が輸送船団への魚雷攻撃を行って猛威を奮っている上に、これ以上ドイツ海軍が北海に進出すれば制海権まで奪われ、イギリスは窮地に追い込まれてしまうからだ。
また、デンマーク地域への圧力を加える目的もあった。
連合国軍は戦艦を中心とする重装甲艦を前方に集中的に配備し、後続の駆逐艦及び軽巡洋艦を後方に布陣した火力に特化した布陣を展開し、イギリスが対飛行船用に開発した対空防衛に特化した試作対空艦「カムナック」「クロンベリー」はそれぞれインヴィンシブルの後方に並んでいる。
旗艦を守るために対空防衛を怠らないようにするためだ。
一方のドイツ軍は東部戦線で余力を持て余していたドイツ海軍の弩級戦艦部隊全艦隊をシュトラールズントから出撃させ、ヴェルトハイム級軍用飛行船2隻を出撃させてスカゲラク海峡の制空権を確保し、連合国軍の艦艇を上空から砲撃しようと目論んでいた。
さらにドイツ陸軍から魚雷を搭載したゴータ重爆撃機30機を派遣して連合国軍を待ち構えていた。
カイザー級弩級戦艦フリードリヒ・デア・グローセで指揮を執っているラインハルト中将は、前衛に駆逐艦と軽巡洋艦を配備し、艦隊の中央に戦艦と重装甲戦艦を固めて輪形陣の布陣を展開し、海中には潜水艦隊が連合国軍を待ち構えていた。
「間もなくドイツ艦隊と接触します!距離、およそ25海里(約37キロ)!」
インヴィンシブルの艦内はドイツ軍との史上最大の決戦に備えて乗員が万全の態勢で挑んでいた。
伝令兵も緊張した様子で復唱している。
見張り員がすでにドイツ海軍の艦艇部隊が集計しているのを目視で確認している。
艦橋の指揮所でも参謀長や艦長がドイツ海軍の艦艇を確認して、息を呑んでいる。
作戦の指揮を任されたイギリス海軍のジョン・ジェリコー大将は、これまでに経験したことがない大海戦を目前に身体が小刻みに震えていた。
これは恐ろしさのあまりに恐怖して震えているものではなく、自分が艦隊の指揮を執って空前絶後の大海戦を行うという壮大なものを目の当たりにして武者奮いしていたのだ。
「総員、戦闘配置!!!フランス・日本海軍にもいつでも攻撃できるように準備をするように伝えよ!」
照りつける朝日に浮かぶドイツ海軍の大艦隊…。
さらに応援に駆け付けたと思われるヴェルトハイム級軍用飛行船2隻がドイツ艦隊の上空に到着している。
連合国軍の各艦艇はヴェルトハイム級軍用飛行船に警戒しつつも、海中から狙ってくるであろう潜水艦に気を付けて攻撃を待っていた。
そして午前6時37分にインヴィンシブルの主砲がドイツ艦隊への攻撃射程距離に入り、攻撃の合図である赤い照明弾が放たれると、連合国軍の戦艦部隊は一斉に主砲を発射した。
「砲撃開始!!!!連合国軍の底力を見せつけてやれ!!!」
放たれた主砲はドイツ艦隊の前衛を担っていた駆逐艦や軽巡洋艦に何発か命中し、4隻が轟沈。
立て続けに連合国軍は主砲を発射、ドイツ艦隊の前衛艦艇を消耗させる。
一方ドイツ艦隊もただ黙っていたわけではない、海中に潜んでいる潜水艦による魚雷攻撃が主砲の発砲音と同時に開始された。
「Uボートからの攻撃です!!!ダントンに魚雷が……!!!」
スカゲラク海峡の東側から魚雷攻撃を行い、連合国軍の右翼を担っていたダントン級戦艦のネームシップである「ダントン」に魚雷4本が命中し、ダントンは10分と待たずに轟沈。
フランス海軍の駆逐艦や軽巡洋艦が周辺海域に潜んでいるドイツ艦隊の潜水艦に対して爆雷を投下し8隻の潜水艦を撃沈することに成功する。
海戦が始まって20分で、連合国軍はドイツ艦隊の前衛を担っている軽装甲艦隊の損傷を与えることができたが、同時にドイツ海軍の潜水艦部隊による攻撃で戦艦ダントンを含む駆逐艦7隻、軽巡洋艦3隻が沈み、大小18隻の艦艇が損害を受けた。
ドイツ海軍は前衛の駆逐艦・軽巡洋艦19隻が撃沈され、潜水艦も半数が連合国軍の優秀な対潜水艦兵器である爆雷によってUボートの半数を撃破された。
だが、ドイツ軍の主力である戦艦部隊は無傷であり、ヴェルトハイム級軍用飛行船も2隻とも健在であった。
「そろそろヴェルトハイム級軍用飛行船と敵戦艦の射程圏内に入る…全艦隊はヴェルトハイム級軍用飛行船の進路に注意して砲撃を続けろ!「カムナック」「クロンベリー」は対空砲でヴェルトハイム級軍用飛行船に狙いを定めろ!!!」
「カムナック」「クロンベリー」の二つの艦艇は76ミリ砲一門を搭載しており、徹甲弾を高射角で撃てるように改良を施されていた。
ヴェルトハイム級軍用飛行船が強固な空飛ぶ要塞と知られているが、その燃料は水素であった。
水素はヘリウムガスよりも可燃しやすいことで知られているが、当時ではヘリウムよりも水素のほうが浮遊力と供給量に優れているとのことで、防弾装甲を厚くしたうえでドイツ軍は水素を燃料にしていた。
それが、この海戦で使用されていたことはドイツ軍にとって実に不幸な話であった。