29:適度な速度
「敵のフォッカー…こちらに近づいてきます!」
「マルガレーテ少尉は機関銃を握って待機していてください、向こうの敵機がルイス軽機関銃で狙える距離まで来たら発砲を許可します、それまでは発砲は控えてください」
「判りました!」
ルイス軽機関銃を握って、レバーを引く音が聞こえる。
マルガレーテ少尉の射撃成績に関する資料は無いが、構え方からして一定の訓練はすでに行っていたようだ。
右目を4倍スコープにのぞき込んで敵のフォッカーが撃ってくるまで引き金に指を掛けているようだ。
フォッカーのスピードはこちらよりも遅い、このままけん制していれば逃げ切れるに違いない。
「…あっ、フォッカー…反転して引き返していきます!」
直進しながら飛行を続けていると、後ろからきているフォッカーは途中で引き返した。
どうやらこちらの機体が速度が速かったおかげでどんどんと離れてしまったようだ。
追いつけないことを悟り撤退か…下手に深追いをしないとなれば相手はある程度物分かりの良い軍人のようだな。
「マルガレーテ少尉、敵のフォッカーは全機引き返したのを確認しましたか?」
「ええ、間違いありません、4機全機が引き返していきました…」
「ふぅ、ひとまず安心ってところですね、ですが念のため後方の警戒を行ってください」
「判りました、引き続き警戒に当たります」
私とマルガレーテ少尉はホッと胸をなで下ろした。
流石にこの機体がフォッカーアインデッカーよりも速度が速いとはいえ、4対1では些か不利だ。
僚機と自機が連携しながら敵機を追い込むのが一番効率が良い。
まだ、そういった戦術は開発されていないはずだ…追い込みの戦術はたしか第二次世界大戦中のドイツ軍が開発していた筈だからな…。
「マルガレーテ少尉、そっちに不具合はありませんか?」
「いえ、カメラも軽機関銃も問題ありませんわ浅川少尉、このまま帰還しましょう」
「分かりました、ではこのまま西を目指して…」
地図を広げて現在位置を確認していた時だった。
雨が降りつける中で、雲が徐々に動き出してきた。
その動きはまるで何か巨大なものに押されているようであった。
「くそっ!!!前方からヴェルトハイム級軍用飛行船1隻が急速に接近中!!回避行動に移ります!」
右に急旋回を掛けて雲を押しのけて降下してくるヴェルトハイム級軍用飛行船を避ける。
あと20秒ほど遅かったら確実に激突していただろう。
まるで巨大な白鯨のように現れたヴェルトハイム級軍用飛行船は私ではなく、前方のランス陸軍航空基地に向けてサーチライトを照らし始めた。
(このまま飛行していると危ないな…もう一度雲の中に入ってやり過ごそう)
ヴェルトハイム級軍用飛行船に発見されたら最後、無数の対空砲火によって撃墜されるのがオチだ。
幸いにもまだ発見されていないのと丁度大きい雲があったので、再び後座にいるマルガレーテ少尉に雲の中に入ると伝えると、私は雲の中に機体を突入させた。