25:後座のパイロット
捕虜収容所に適切な人材がいるのか?
私の疑問は最もだと思う。
いくら戦時中でパイロットの人材が足りていない状況なのは判るが、敵国のパイロットがそう簡単に寝返るものなのか?
そんなことをして脱走でもされたら軍の機密情報が盗まれたりするんじゃないだろうか?
上層部が何を考えているのかさっぱりわからない。
私は頭を掻きながら収容所に到着した。
「あっ、これは浅川少尉殿!昇格おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
「ありがとう」
収容所の門の前にいる警備兵が敬礼をしてビシッと決まった姿勢で私に挨拶を行った。
私は彼らの敬礼に返礼をする。
ついこの間までタメ口で私のことを呼んでいた兵士だが、私の階級が少尉となっていることもあって流石に敬語で接している。
隣の警備兵も同様であった。
「お疲れ様です、少尉殿の機体はもうすぐ届くのですか?」
「いえ、まだ届かないそうです…これ以上は軍規に触れるので言えませんが、近いうちに空に戻ることが出来そうです」
「それはそれは…貴方は私達の基地を守ってくれた英雄です、復帰したらドイツ軍をやっつけてください!」
警備兵の二人は頑張ってくださいと私に励ましの言葉を掛けてくれた。
私以外が全滅したことを気にかけているのだろう。
その気持ちを受け取って収容所の正面玄関に入る。
玄関に入ってすぐに憲兵隊のポール軍曹が小走りで迎えに来てくれた。
マルガレーテ少佐の件で彼は事務処理を手早く終えさせたことが認められて軍曹へと昇格していたのだ。
私の前に立って敬礼を行うと、直ぐに彼は頭を下げて謝罪を行った。
「お出迎えが遅れてしまい申し訳ございませんでした浅川少尉殿、非礼をお許しください」
「いえ、今は憲兵隊も治安維持の関係で忙しいでしょう。それに私も到着したばかりなので待たされてはいないので大丈夫ですよ」
「はっ、お気遣い頂きありがとうございます…早速ですが応接室で基地司令のモーリス少将と今回の後座に任じられるパイロットの方がお待ちです。どうぞこちらです」
廊下を歩き、階段を上って三階の奥の部屋が応接室となっているようだ。
ポール軍曹が応接室のドアを三回ノックすると、中からモーリス少将の声で入りなさいと聞こえた。
ポール軍曹はドアを開けて一礼すると、私を連れてきたと報告する。
「浅川少尉殿をお連れして参りました」
「うむ、浅川少尉、応接室に入りなさい。それからポール軍曹、人払いを頼みたいのだがよろしいかな?」
「ハッ、では失礼します」
私はポール軍曹と入れ替わる形で応接室に入る。
応接室にはモーリス少将と、マルガレーテ少佐がソファーで対面する形で座っていた。
そしてマルガレーテ少佐はフランス軍の軍服を着ていたのだ。
まさかとは思ったが、そのまさかのようだ。
「浅川少尉、マルガレーテ少佐の隣に座りなさい。彼女が君の後座に就くことになった経緯を話さなければならないからね…」
ひと息呼吸を整えてから、モーリス少将は語り始めた。
「マルガレーテ少佐はドイツ軍の軍籍を一昨日喪失したのだよ…そして、ソロステ家から彼女は絶縁を宣告されたのだよ…ドイツ軍は彼女を”戦死”したものとみなして処理をした………つまり、彼女はドイツ軍所属の軍人では無くなってしまったということだ」
「軍籍の喪失に絶縁ですって…?!それは一体どういうことですか?モーリス少将殿?!」
「浅川さん、それについては私からご説明いたします」
マルガレーテ少佐の軍籍喪失とソロステ家からの絶縁宣言は衝撃的だった。
女性軍人が捕らわれたとなれば隠したり戦死扱いにすることはまだわかる。
だが、軍籍を喪失した上に彼女の家から絶縁宣言をされるとは理解に苦しむ。
そこでマルガレーテ少佐がそのことについて詳しく説明をしてくれたのだ。
「ドイツ軍の女性パイロットにはパイロットの任務に就く際に誓約書を書かせられるのです、敵地で墜落して脱出した際に三日以内に基地帰還出来なかった場合は軍籍を剥奪し戦死扱いにすると…私はドイツ軍の新兵器に関する実戦任務を担っていましたから司令部からすれば私が生きていることが厄介なので戦死ということにしておきたかったのでしょう………それに、女性兵士に関してはドイツ軍は補助要員扱いになりますので、軍人としての階級はお飾りに等しいです。私はソロステ家の長女ということで戦争に従軍することになりましたが………父は弟に家督を継がせたかったのでしょう…絶縁宣言も無理ないことです」
マルガレーテ少佐は少佐では無くなり、そして貴族のソロステ家とは絶縁宣言を宣告された只の女性という扱いになってしまったようだ。
マルガレーテが生きていくには選択肢は二つしかない、一般兵扱いの兵士として捕虜収容所で過ごすか、寝返ってある程度の地位と引き換えにドイツ軍と戦うかだ。
マルガレーテはその選択で後者を選んだ…というわけだ。