3:検査
吉村一等飛行士の後に付いていく。
基地の建物は即席で出来上げたようで、外壁は木材を釘で打ち付けて補強した程度の代物だった。
現代建築の代表ともいえるプレハブ工法のような素早く建設できるものはまだ先の出来事、故にこうした即席の建築が精一杯だったのだろう。
「ここが更衣室だ、そしてこのロッカーがお前のだ」
更衣室を開けると中に入っている制服に着替えた。
薄い青色の制服はどことなく高校生のような服に似ているが、思えば元々中学や高校の服も軍服が由来のものだったのを思い出した。
セーラー服は元々水兵の服装だったりするから、この服装もそういったものなのだろうと思い手早く着替えを済ませた。
「よし、飛行服はこっちの洗濯籠に入れて検査室に向かうぞ、ちゃんとついてこいよ」
廊下を出て、すれ違う軍人に敬礼を素早く返す。
すれ違った軍人も返礼を返し、返礼が終わるまでは敬礼の状態を解いてはいけない。
これは航空自衛隊で入った時にも叩き込まれた礼儀作法だ。
軍隊は序列を非常に重視する。
特に、目上の位の人間には敬意を払い敬礼をしなければならない。
それを怠ればたちまち懲罰行だからな。
ここでも身体に染みついた礼儀作法が生かされた。
検査室の前に到着すると、そこには検査員の医師が椅子に座っていた。
初老の医師はブロンズ色の短髪で丸淵眼鏡をかけて書類と睨み合いをしている。
私達の存在に気が付くとにらみ合っていた険しい顔を解いて、椅子に座るように促された。
「おお、日本空軍のパイロットだね…今日はどうしたんだね?」
「こいつの視力、聴力検査をお願いいたしたく参じました」
「ほぉ…そうかね、どれ、では視力検査から始めるとしよう」
視力検査でボードに書かれている文字がわかるかどうかの検査を最初に受けた。
2.0までは難なく見え、色の認識検査でも問題は無かった。
続いて行われた聴力検査でも音の検査は問題なくクリアし、検査結果に異状は見受けられなかった。
「ふむ、特にこれといって大きな問題はない、健康そのものだよ」
「それは良かった、ありがとうございます」
「また何かあったら遠慮なく来なさい、お大事に」
検査から解放されると、これからどうするか考えていた。
まずこの場所の情報が知りたかった。
なので吉村一等飛行士にここがどこなのか尋ねた。
すると彼はこう答えた。
「ここはフランスのプレリー空軍基地だ、イギリス陸軍航空隊、フランス空軍、そして俺達大日本帝国空軍の飛行機部隊がいるぞ、規模としては小規模の飛行場だがな」
「…私達が戦っている敵国はドイツ軍ですか?」
「そうだ、中央同盟国…ドイツ帝国、オーストリア=ハンガリー帝国、オスマン帝国、ブルガリア王国だな、特にドイツ軍の戦力は侮ってはいけない…あいつらの強さは桁違いだ。お前は記憶が無いから分からないかもしれないが、パリが半月前に陥落したからな…」
「えっ…パリが陥落したんですか?」
第一次世界大戦ではパリ近郊までドイツ軍が侵攻したはずだが、それ以上の侵攻が困難になって撤退したはずだ。第二次世界大戦の時にドイツ軍に占領されたのは知っているが第一次世界大戦でパリが陥落したなんて聞いた事が無いぞ。
私の知っている歴史とは違っているのか?
翌々考えてみれば、大日本帝国空軍なんてものは存在しなかったはずだ。
旧軍は陸軍ないし海軍に航空隊を有していたが、空軍は設立していなかった。
戦後、生き残った旧陸海軍のエースパイロットたちを集めて、アメリカの空軍をモデルに設立されたのが航空自衛隊だ。
…飛行戦術の座学等で習ったが、空軍なんて聞いた事が無いのを思い出した。
パリが陥落し、ドイツ軍は地上のみならず空の支配までも着々と進めているようだ。
吉村一等飛行士によると巨大な飛行艇による夜間爆撃なども行っているらしい。
このままでは連合国はアメリカが参戦しても英仏の降伏によって負けてしまうだろう。
そうなったら連合国に属している大日本帝国はどうなるか?
本土まで距離があるからドイツ軍に攻められる心配はないが、戦闘続行が不可能になるので和平で手を打つしかないだろう。
苦労して手に入れた南洋諸島はドイツに手放さないといけない、そうなれば国内世論は沸騰し、軍部もより強硬的になるかもしれない。
嫌な汗が身体から流れ出る。
なんとかしなくてはならないが…。
もしかしたら、私がここに転生(?)したのもこの流れを変えるべく送り込まれたのかもしれない。
多少私自身が知っている歴史とは差異があるが、基本的な戦術や兵器の類は第一次世界大戦当時のままだろう。
戦場で名を馳せるエースパイロットになって内外に力を見せつける…それも一つの手だ。
その手を使ってみるのも悪くない。
早速、この時代に合わせた飛行戦術の研究をしなくてはいけないな…。
私は頭を手で掻きながら今後どう行動するかを含めて考え事をしながらその日を過ごした。