24:昇格
加藤飛行隊長以下、私を除く日本空軍第106戦闘飛行隊のパイロットが全滅した結果…。
現在代わりの予備機が到着するまで私は時間を持て余していた。
ジェームズ大尉は戦果報告の際に、加藤飛行隊長が戦死したことにショックをうけていたようだが、これも戦争だと割り切っているようであった。
基地司令官のモーリス・ド・マジノ少将に第106戦闘飛行隊はどうなるかと問うと、援軍が到着するまでは偵察任務に就かせることになったと知らされた。
私の機体は武装艇とフォッカーの機銃による攻撃で機体の至る所が破損しており、応急処置をすることもできないとなって破棄されることとなった。
代わりに、マルセイユで生産されているニューポール17…二式17型戦闘機の複座モデルを授与されると通達を受けた。
二式17型戦闘機には複座が付いている観測・偵察任務を主体としたモデルがあり、複座仕様となっているのでエンジンの馬力を20馬力ほど上げたものになるようだ。
後部には観測用の望遠鏡と銃座が取り付けてあるようなので、後部の守りは少しは安全になるだろう。
問題は後座に座る乗員の選定であった。
先のヴェルサイユ撤退作戦において連合国軍は実に30パーセント以上の機体を損失しており、各国の人員の補充が急務となっている。
特にフランス空軍の損傷率は40パーセントと壊滅的打撃を受けてフランス空軍へのパイロットや乗員の補充が優先されているので、第106戦闘飛行隊への補充は後回しにされてしまった。
さらに私の階級の問題もある。
実は勲章を授与する時間が無く、本来であれば兵長なのだが現時点ではまだ一等飛行士扱いなのだ。
日本空軍は現場で功績をあげる者に対して順々に昇格するようにとの指示を出しているので、明日付けだが…なんと私が少尉の位を授かることとなった。
少尉になった理由としては、第106戦闘飛行隊の再編成を担う際に下士官階級では発言権が弱いのと、ドイツ軍のベテランパイロットを含めて10機以上の戦闘機や爆撃機を撃墜していること、友軍を果敢に助けてイギリス軍から名誉あるレディッチ一等勲章を授与されたことなどが挙げられて、それが上層部の目に留まったらしく、一等飛行士の階級では惜しいとのモーリス少将の助言と後押し等もあって少尉の位になったのだ。
元々加藤飛行隊長が私のことを上層部に推薦してくれていたようだが、それでも異常に早い出世となってしまった。
本来であれば、兵長の次に伍長、軍曹、曹長、上級曹長、准尉、少尉となるので、5等級も飛ばしてしまっているのだ。
少尉ともなれば小規模の飛行隊隊長を任せられる立場となるが、その分責任も一般の兵士よりも重くなる。
…私がいた航空自衛隊では少尉階級は三等空尉と呼ばれていた。
空軍少尉か…。
人手不足ということもあるかもしれないが、正直ここまで階級が上がってしまうとは思いもしなかった。
私は航空自衛隊では二等空佐まで勤め上げたが、その二等空佐に上り詰めるまでに航空自衛隊に入隊してから20年掛かった。
三等空尉になるまでに5年掛かったのだから、それを僅か一週間足らずで一等飛行士から少尉に昇格するのはかなり実感が湧かない。
また夢でも見させられているのかと思っている矢先、私はフランス軍の憲兵隊から呼び出しを受けた。
その内容とは、私の後座に座る適任者がいるという。
ただし、その適任者がいるのは捕虜収容所だと言うのだ。
捕虜収容所に適任者がおるなんて話聞いたことがないんですがそれは…




