21:空中要塞
(………あれが、ヴェルトハイム級軍用飛行船か………なんて大きさなんだ………)
想像していた飛行船よりも遥かに巨大だ。
戦艦が空を飛んでいると思うぐらいに大きい、ヴェルトハイム級軍用飛行船を護衛しているドイツ軍の戦闘機が、かなり小さく見えるほどだ。
ヴェルトハイム級軍用飛行船は一隻、主砲の15cm速射砲2門でヴェルサイユ宮殿の手前までやってきて砲撃を開始している。
砲撃を行うたびにヴェルサイユ宮殿が破壊されていく…。
まだあの中には戦っている友軍がいるだろう。
周囲の高射砲が放たれるが、厚い装甲に阻まれて効果的な反撃が出来ないようだ。
それを見ていた加藤飛行隊長が回光通信機を使って部隊にいる全員に通達を行う。
『100ポンド爆弾でドイツ軍の地上部隊を攻撃した後に、直ちに反転して基地に帰投せよ…飛行船と赤い戦闘機との交戦は絶対に避けろ!!』
赤い戦闘機…ということはヴェルトハイム級軍用飛行船の護衛機はマンフレート・フォン・リヒトホーフェン中尉率いるレッドバロンか………。
第一次世界大戦のエースパイロットの中でも最も著名なパイロットとして知られている。
私も航空自衛隊に入隊して間もなく、航空戦術に関する資料の中に彼の記述があったのを覚えている。
それほどのベテランパイロットである彼との戦闘は避けるべきだ。
ヴェルトハイム級軍用飛行船は対空砲を沢山配備しているらしく、護衛機が撃ち漏らした連合国軍の戦闘機や攻撃機が接近すると、たちまち正確な射撃で迎撃して次々と撃墜している。
およそ3キロ程度しか離れていないので、黒煙と炎をあげて墜ちていく連合国軍の戦闘機や攻撃機…。
対してほぼ無傷で健在なヴェルトハイム級軍用飛行船とその護衛機を担っているレッドバロン…。
ドイツ軍にしてみれば「鬼に金棒」であり、彼らを止める方法は無いのだろうか…。
再び市街地に到着すると、先程通過した時は健在であった日本軍の拠点は既に灰塵に帰していた。
恐らくあのヴェルトハイム級軍用飛行船の主砲を喰らったのだろう。
大きく開いた穴に、その周りにうつ伏せのまま動かない兵士達…。
辛うじて日本軍の軍旗である旭日旗が掲げられていたことで、そのことが判ったのだ。
ほんの2時間前まで生きていた人達が死んでしまっている。
ドイツ軍の主力部隊はヴェルサイユ宮殿のすぐそばまで来ているようだが、それでも後続の部隊にダメージを負わせることも必要だ。
後続部隊は補給部隊だったようで、ドイツ軍が即席で設置した対空砲で空を守りながら補給物資を乗せたトラックが走っている。
『いたぞ!ドイツ軍の補給部隊だ!補給部隊を攻撃しろ!』
加藤飛行隊長が再び先陣をきって補給部隊に攻撃を仕掛ける。
私も加藤飛行隊長に続いて攻撃態勢を取る。
周囲にはこちらの接近に気が付いている航空機はいない。
(…よし、爆弾を投下するぞ!!!)
このまま補給部隊目掛けて攻撃を開始しようとしたその時。
加藤飛行隊長の機体に突然上方から機関銃が降り注いできたのだ!
加藤守(1883/12/1~1917/5/3)
大日本帝国空軍第106戦闘飛行隊隊長。
徳島県徳島市生まれ、1903年に日本陸軍に徴兵されて1904年に始まった日露戦争で気球連隊に配属、1910年に新設された日本空軍に編入される。
1917年2月11日に第106戦闘飛行隊の隊長としてフランスに派遣される。
1917年5月3日のヴェルサイユ撤退作戦においてレッドバロンの攻撃を受けて戦死。
最終階級は上等飛行兵曹であった。