17:ハンドフリー
ヴェルサイユ宮殿。
フランスのヴィクトリア時代の象徴ともいえる巨大建造物だ。
だが、いまその美しかったヴェルサイユ宮殿は見る影もない。
屋上には高射砲が取り付けられていてドイツ軍の航空機の侵入を阻止している。
ヴェルサイユ宮殿上空は誤射を防ぐために友軍機は飛行禁止であり、近づくことはできない。
10キロほど離れた場所からヴェルサイユ宮殿を単眼鏡で覗き込む。
ドイツ軍の野砲による攻撃を受けてあちこちで火災が発生しているようだ。
ヴェルサイユ宮殿は全体的に煤けており、話によれば噴水庭園に野砲部隊が展開してドイツ軍の侵攻を食い止めようと、ありったけの砲弾を撃ち込んでいるようだ。
すでに司令部としての機能は喪失寸前の状態らしい。
ヴェルサイユ宮殿に爆撃を敢行しようとするドイツ軍機を必死に追い払っている高射砲だが、それがいつまで持つかは分からない。
そして、ヴェルサイユ宮殿よりも目に焼き付いたのは黙々と黄色い煙が立ち込めているパリだ。
セーヌ川に沿ってパリ周辺に立ち込める黄色い煙…あれが全てドイツ軍が散布した毒ガスのようだ。
恐らくマスタードガスだと思うが、その量が私自身が想像していたよりも遥かに凌駕していた。
中国大陸から日本に流れ着いていく黄砂を非常に濃くして、砂の固まりが舞っているいるぐらいに黄色い空気の固まりがパリの中心部で充満しているからだ。
エッフェル塔ですら、塔の先端以外が埋もれているように見えるほどだ。
その凄まじさに思わず叫んだ。
「いくらこっちが地上よりも毒ガスの攻撃を受けないとはいえ…あれだけの量のマスタードガスの中に突っ込めばヤバい!!」
仮にドイツ軍の戦闘機と鉢合わせになって戦闘状態になった際に低空でパリ方面に行ってしまえば…肺や目に大きなダメージが行ってしまうだろう。
それにヴェルサイユ宮殿には友軍機も侵入禁止だ。
戦闘状態になってあの付近に誘い込まれたら厄介だ。
要注意して地上支援任務に就かねばならない。
気を引き締めて行こう…。
『そろそろ攻撃に移るぞ!全機、準備を怠るなよ!』
回光通信機で全機に指示を出す加藤飛行隊長。
私も機体の計器に異状が無いか確認して戦闘態勢を整える。
地上は敵味方が入り混じっている混戦に近い状態だろう。
私達第106戦闘飛行隊は可能であれば戦車やトラックといった乗り物を優先的に攻撃するように指示を受けた。
市街地が近づくにつれて、味方の戦闘機や爆撃機が集まってきた。
フランス、イギリス、そして日本…連合国軍の様々な航空機が周囲を覆い尽くしていた。
ざっと80機以上はいるだろうか…。
我々よりも先に第一波の航空隊がドイツ軍と戦闘に入ったようだが、あまり戦果は挙げられなかったようだ。
地上近接戦闘となれば高射砲や機関銃の攻撃に晒されるリスクが跳ね上がるが、速度の速い戦闘機であるという利点を生かして一撃離脱を心がけて挑もう。
準備が整うと同時に加藤飛行隊長が先陣を切りはじめた。
『全機、突入せよ!!!』
午前9時9分、第106戦闘飛行隊を含む連合国軍の第二波航空部隊がパリ近郊に突入。
ヴェルサイユ宮殿に向けて進軍を続けているドイツ軍の地上部隊に対して足止めを行うべく攻撃を開始した。