16:ヴェルサイユ撤退作戦
1917年5月3日、今朝7時30分ごろにドイツ軍は大規模な攻勢に打って出たようだ。
パリ市内で毒ガスを散布し、現地パルチザンを殲滅後に大部隊を持ってヴェルサイユ宮殿周辺に立てこもっている連合国軍に対して総攻撃を開始したとの情報をブリーフィングで加藤飛行隊長から聞かされた。
パリ市内は黄色い霧に包まれており、現地で活動している反ドイツ派の民兵軍は壊滅、残党軍の大多数が各個撃破されているようだ。
「ドイツ軍の主力部隊はヴェルサイユ宮殿周辺に展開し始めている。おそらく、パリ近郊の連合国軍の支配地域の完全奪取を目論んでいるものと推測される。我々はヴェルサイユ宮殿周辺の連合国軍がヴェルサイユから脱出して友軍の防衛ラインまで撤退するのを支援するようにとの命令が下された」
ヴェルサイユ宮殿にはイギリス陸軍第八騎兵師団、フランス陸軍第一戦車大隊、日本陸軍第十五歩兵師団を統括する陸軍本部が置かれており、現在シャルトルないしエタンプへの撤退の準備中だという。
まさかドイツ軍が攻勢に出る際に毒ガスを市街地で散布するとは思っていなかったらしく、前線で戦っていた兵士の大半は防護マスクを持っていなかったようだ。
その結果、市街地で待機していた兵士の2割が毒ガスで死傷したらしい。
「ドイツ軍は毒ガスを散布して現地の破壊工作員を炙り出したに過ぎないと言っているそうだが…毒ガスの影響で市民にも被害が出ているようだ…一刻も早くヴェルサイユにいる味方の救援に向かわねばならない!そこで、戦闘機部隊にもドイツ軍地上部隊を足止めするために爆弾を取り付けよとの指示が出た!」
戦闘機に爆弾を取り付ける…?
加藤飛行隊長曰く、ニ式17型戦闘機であれば100ポンド(約45キロ)爆弾までなら搭載可能なので、それを取り付けて出撃するようにとの指示が出された。
それで大丈夫でなのだろうかと不安になったが、フランスほぼ全土から航空機を出撃させるようにとの指示が出たようなので、その命令に従っているようだ。
私も軍人になっているのだ…その命令に従わなければならない。
だが、その前に質問がある。
「隊長、発言よろしいでしょうか?」
「おお浅川か…発言を許可する」
「今回は爆撃機の護衛等は別の航空隊に任せるのですか?」
「ああ、この基地からはジェームズ大尉率いるイギリス陸軍第221戦闘飛行隊がシノン空軍基地のフランス空軍第8爆撃飛行隊…ブレゲー14爆撃機の護衛に当たることになった。我々は一人でも多くのドイツ軍を倒して味方の撤退支援を行うように命じられている。ドイツ軍との戦闘機との戦闘を極力避けて、爆弾を投下したらプレリー空軍基地まで撤退することだ。それと友軍の撤退が完了する夕方になるまで爆撃を続けるようにとの指示だ…異存はないか?」
「いえ、ありません」
「よろしい、では機体の武器換装が終わり次第出撃するぞ!!!」
地上攻撃任務を任されたが、私は地上攻撃をしたことがない。
私より早く航空自衛隊を退役した同期はF-1支援戦闘機に乗っていたそうだが、地上攻撃はジェット戦闘機では難しいと評していた。
正確な射撃、および誤射を避けるには一瞬の判断の迷いが命取りになると語っていた。
空中戦は自信はあるが、地上近接戦闘支援となると今回は少々キツイ。
だが、それで出来ないと言っている場合ではない。
友軍がドイツ軍の包囲下に置かれ危機的状況なのだ。
それに、ドイツ軍は現地パルチザンのみならず一般市民までも毒ガス攻撃で殺傷したのだ。
もはや一刻の猶予もない。
私は友軍を助けるべく、100ポンド爆弾を取り付けた機体に搭乗して、加藤飛行隊長の指示の元、ヴェルサイユへと向かったのだ。