10:捕虜
おはよう。
夢から覚めても私は兵舎の中にいた。
夢の中で、私は宇都宮市の餃子専門店「ぎょうぎょう」で熱々の焼き餃子を頬張ろうとしたが、食べようとした直前に夢から覚めてしまった。
「餃子か…まだこの頃は日本では餃子を食べる習慣なんてなかったな…」
ラーメン屋や定食屋に行くと必ずメニュー欄にある焼き餃子は、戦後中国大陸から引き揚げてきた在留日本人の人達が広めたと伝えられている。
本場の中国では焼き餃子ではなくて水餃子が主流らしく、横浜中華街のとある店で中国人の店主が賄い飯として余った水餃子を焼いて出したのが店員の日本人に好評を得て、そのまま店のメニューになったとも言われている。
真相は分からないが、とにかく餃子が戦後になってから日本で有名になったのは確かだ。
「…とにかく顔を洗おう…」
洗面所で顔を洗ってミーティングルームに顔を出すと、既に加藤飛行隊長ら第106戦闘飛行隊のメンバーが揃っていた。
加藤飛行隊長は腕を組んで書類とにらめっこをしている。
他のメンバーも同様であった。
「皆さん、おはようございます」
「おお、浅川か、早速だがこの書類に目を通してくれ」
加藤飛行隊長が渡してきた書類には日本語でこう書かれていた。
『女性の捕虜に関する規則について』
女性の捕虜…。
昨日の爆撃機を撃墜した際に落下傘で脱出したパイロットの中に女性がいたのをハッキリ覚えている。
彼女に関することだろうと予想したが、どうやらそれに関する事のようだ。
「昨日、浅川とジェームズ大尉が撃墜した爆撃機の中にドイツ軍が士気高揚の為に女性軍人が乗っていたそうだが、浅川…見覚えはないか?」
「はい…二番目に撃墜したゴータ重爆撃機から脱出したパイロットの中に金髪で長髪の人がおりました。顔までは見えなかったのですが…やはり女性でしたか…」
「そうだ…その女性軍人の名前はマルガレーテ・フォン・ソロステ…階級は少佐でドイツの貴族様だ…」
「き、貴族ですか…それで、その…マルガレーテ少佐はいま何処に?」
「ここから10キロ離れたセルドンで地元の武装自警団に保護されたよ、それでフランス軍に引き渡されてこの基地に移送されるらしいんだが…ちょっと厄介なんだ、この項目を見てくれ」
加藤飛行隊長に指を指された箇所を見てみると、次のようなことが書かれていた。
『例えいかなる階級であっても、女性軍人に対しての性的暴行及び身体的暴行は厳に慎むように』
これが態々書かれるということは、以前にも似たようなことがあって問題になったことがあったのだろう。
加藤飛行隊長に聞くと、いまから半月前のパリ防衛戦において市街地上空で撃墜されたドイツ軍戦闘機に女性兵士が搭乗しており、発見された時にはまだ息があったにもかかわらず、ドイツ軍の猛攻にさらされて精神的に苦境に立たされていたパリ義勇軍の兵士が、怒りに身を任せて女性兵士を囲って集団で性的暴行、及び顔が膨れ上がるまで身体的暴行も行った事件があったようだ。
「その時に、日本陸軍とイギリス陸軍の兵士が通りがかってパリ義勇軍の兵士達を拘束したが、女性兵士は保護されて数時間後に死んでしまったんだよ…以後、女性兵士についての規則が設けられたというわけだ」
「そうだったのですね…いくら軍人いえど、そのような狼藉行為は許されませんな…例えそれが敵国の軍人であったとしても…」
その言葉に頷く加藤飛行隊長、だが、次に加藤飛行隊長の口から出た言葉に私は思わず驚愕してしまった。
「その通りだ…それで、マルガレーテ少佐の尋問なんだが、浅川…お前も同席してほしいんだと」