9:空の違い
たった一日で戦闘機7機、爆撃機を3機撃墜した新米パイロット…。
浅川裕一郎こと、私は僅か一日で10機もの敵機を撃墜した。
私の活躍はプレリー空軍基地でも瞬く間に広がることとなり、基地に帰還したらお祭り騒ぎであった。
基地の兵士からは激励と感謝の言葉で埋め尽くされ、飛行隊のメンバーからも私によくやったと褒めてくれたのが嬉しかった。
食堂で英雄の誕生祝いと称して、普通の一等兵がまず食べることがないであろう分厚いステーキが用意されていた。
聞くところによると、フランス空軍創設の際に最初のエースパイロットになったアドルフ・ペグーが勲章を貰った日に夕飯のメニューにステーキを注文したことから、エースパイロットにはステーキを食べさせる風習が生まれたと聞かされた。
そんな話は聞いた事が無い、恐らく私の知っていない歴史の一部なのだろうとステーキに関しては置いておくことにした。
余談だが、私が航空自衛隊で勤務していたときは、パイロットはサイダーやコーラといった炭酸飲料水の摂取は厳禁とされていた。
ジェット戦闘機の負荷が強すぎるので、胃の中で炭酸が大暴れして身体の体調を脅かすからだ。
その為、非番の日でしか飲むことが出来なかった思い出がある。
そんなこんなで、夕飯のステーキをいただくことにしたが、フランスということだけあって料理の味はとても良かった。
特にグラスに注がれていたフランスの年代物のワインは赤みと酸味が強く、ずっしりと胃の中にワインがのしかかる。
思えばワインなんて結婚式ぐらいにしか飲んだことが無かった。
ワインとステーキの相性は良い、ワインが終わると今度はジェームズ大尉のお気に入りのジンを三杯もグラスに注がれた。
そして祝賀会が消灯1時間前になると酒保からは加藤飛行隊長がわざわざ蕎麦やいなり寿司を買ってきてくれたのだ。
すでにステーキやらワインやらジンやらで、酔いが回ってきた頃だったので、目をすこし覚ますには丁度良かった。
特に酒を飲んだ後に蕎麦を食べると肝臓や胃への負担を減らせるので、とてもありがたかった。
暖かい蕎麦を啜りながら、加藤飛行隊長から夜食とは別に貰った本を読んでから寝ることにした。
ここで連合国・中央同盟国の戦闘機事情について少しだけ話を挟むとしよう。
連合国・中央同盟国双方の間でも10機以上撃墜すればエースの称号が与えられる。
現在、エースパイロットは連合国、中央同盟国でも複数いるが、その中でも日本人のエースパイロットは数が少ない。
1917年5月1日現在で、日本人でエースの称号を得たのは6名、うち4名はすでに戦死している。
日本人エースパイロット4名はパリ防衛戦の際に全て上空で戦闘機によって撃墜されている。
その戦闘機は赤く塗装されており、レッドバロンの異名を持つマンフレート・フォン・リヒトホーフェン中尉率いる第11戦闘機中隊によるものであった。
エースパイロット以外にも日本が欧州に派遣した空軍パイロットのうち、実に3分の1がパリ防衛戦で撃墜され命を落としているので、日本空軍は西部戦線への増員を決定したという。
それが3日前のことだそうだ。
いかんな…大分酔いが大分回ってきたな…加藤飛行隊長は明日の午前中は休みにしておくと言ってくれた。少しだけ長く寝ることが出来そうだ。
私は消灯時間になると、ベッドで毛布を被って寝ることにした。
今日は一日を通して驚きの連続であったが、どうやら少なくともこの世界では死んでいないようだ。
残していった妻や娘夫婦が気になって仕方ないが、ここでは遥か遠い未来の話だ。
あの後無事に下山できたことを祈ろう。
それでは、今日は寝るとしよう。
おやすみなさい。