第6話 家族の食事と考えること
「ただいまー!すまん、ネグリードさんとこで捕まっちまって遅くなった!」
そう言いながら家の中に入ってきたのは、いい感じに筋肉がついていて日焼けしている青年だった。
ぱっと見たところ二十歳くらいですかね。誰だろう、まだ聞いてないけどイーディニアさんの弟さんとかだろうか。
「お父さん、おかえりなさい!」
「メルタール、お帰りなさい。もう準備は出来てるから座ってて」
青年の顔を見つつ考えていると、青年に対してメロニアが元気良く声をかけ、イーディニアさんもそれに続いた。
え、ちょっとまって。いや、あの、割と童顔気味だけどかつてのわたしよりどう見ても年下なんですが。え、なにこれ。顔も割りと整ってて、イーディニアさんみたいな可愛い奥さんいて、メロニアみたいな可愛い娘いるとか、完全に勝ち組じゃんかこの、えーと、メルタールさん?ってば。
わたしが世の無常に押し潰されようとしている間にも状況は動き、メルタールはその健康的に焼けた顔でさわやかスマイルを浮かべつつ、わたしの正面に座った。
そしてわたしを一度見ると、少し考えるそぶりを見せてから得心がいったような表情になって、メロニアのほうへと目線を動かした。
「メロニア、この子がアルなのか?今朝父さんが様子見に行った時はまだ動き出してなかったと思うんだけど、いつの間に?」
「えっとねー、さっきお手伝いが終わったからたねぐらを見に行ったら、アルが起きてたの!」
「そうだったのか……。せっかくだからスミルドの奴をつれて動き出すところを見に行きたかったんだが、ちょうどタイミングを逃しちまったみたいだな。ま、これからは家族だし何でも良いか!よろしくな、アル」
そういうとメルタールは人懐っこい笑みを浮かべてわたしの事をガシガシと撫でた。
なんか親戚のおじさんを思い出すような撫で方しますね、メルタールさんや。
豪快な感じとか、築き上げた家庭環境とかを考えると、たとえどう見ても年下っぽくてもさん付けした方が良い気がしてきた。うん、今後は普通にメルタールさんと呼ぼう。しゃべれないから心の中でだけど。
そんなこんなで、敗北感に打ちひしがれたり、けど無邪気アピールは欠かさず行ったりして昼食の時間は終わった。
予感があったようにあまり食事の意味はなさそうだった。イーディニアさんが気を使いつつ、ちょっとずつご飯を出してくれたおかげで何をどの程度食べるのか自分で把握できたのが助かった。
パンやお肉はほぼ意味なし。根菜スープに関しても少し良いかなって位で、水分とか油分は身になっている感じがあったのだが、それ以外は特に意味無し。肉やスープの味付けに使われていたであろう塩分なんかはむしろマイナスに働いている感じもあった。塩害という奴だろうか。
あと一番衝撃的だったのは味が分からなかったことだ。感触なんかはあるんだけど味覚がまったくない。美味しそうに焼けているお肉の欠片を口に含んだら、食感を完全再現した粘土を噛んでしまったような気分になった。
これって甘味なんかを二度と味わえないということなんだろうか。普通に凹むんですが。
昼食が終わって少しの食休みの時間をはさんでからメルタールさんはお仕事を再開しに、イーディニアさんとメロニアは村のお仕事のお手伝いに出かけていった。
そしてわたしは、そのお手伝いが終わるまで自由時間を貰うことと相成った次第である。
一応わたしを拾ったこともペット的な立場で面倒を見ることも村の中では周知されているらしいんだけど、まずは良く名前を聞くスミルドさんの面通しをしてから村でのお披露目になるんだそうだ。
そしてその面通しは今日の夜と明日の朝。今日の夜でざっくり確認して、詳細が気になる部分があったら明日の朝にもう一度。ということらしい。まぁ、わたしって魔物だし詳しい人が確認してからって言うのは当然の流れだろうね。
そういうわけで特に何をするわけでもなく、しかし散歩にも出られない状況になったので、むしろその状況を生かしてわたしの現状について整理してみようと思う。
状況その1。わたしは植物の種の魔物の亜種とやらに転生したものと見られる。聴覚と触覚と視覚はある。嗅覚と味覚は今の所なさそう。
手足として扱える箇所もあるから行動に関しては問題はなさそうかな。
生活するうえで必要になりそうなものは現状不明。水とか油とかは摂取する意味も多そうだけどそれ以外が全然わかんない。
それから戦う手段が体当たりしかないから、何かの危険に見舞われるとすごいピンチってことは分かっているかな。魔物なのに。
その辺りに関しては、今後要研究ってことで。
続いて状況その2。わたしはどこかの農村で、農民の家庭に拾われて今後生活することになりそうだ。ひとまず生活基盤は獲得しているし、家族の人たちは優しそうだから、この辺りは結構ついてるな。
文明としてはそれほど発展していない印象だ。コンクリとか村の中で見なかったし。建物の感じからすると中世ヨーロッパとか、そんな感じだろうか。あるいはもうちょっと前くらいかな?
魔物もいるし魔力なんてのが一般的に知られているんだから、これは所謂ところの「剣と魔法のファンタジー」というやつだろうか。ステータスやスキルなんてのもあるようだし、これはわくわくしますな。
今の所わかっていることはこの程度だろうか。知りたいことは山ほどあるんだけど、それを知る術が驚くほど少ないというのが正直なところだ。
しゃべることが出来ない所為で意思の疎通はボディランゲージのみ。幸い相手の言っていることの意味は分かっているので助かっているが。
ってそういえば何で言葉分かるんだろう。だって口の動きとか発音している内容とかどう考えても日本語じゃないのに、言っていることの意味はするっと苦労なく理解できている。それならわたしが話した内容が相手に理解されても良さそうなものだけど、そういうことはなさそうだ。メロニアにもイーディニアさんにもメルタールさんにも試したけど普通に鳴いているだけだと思われている。
この辺りから考えると、相手の言っていることが理解できているっていうのはわたし側で理解するに足る何かを持っているって言うことだろうか。だとしたら原因と考えるに相応しいスキルに心当たりがあるんだけども。
当面の目標というか指針としては、ここで過ごしながら自分のこととか周りのこととかを探っていく、って所かな。それによって身の振り方なんかも変わってくるだろうし。
スキルの使い方とか、どうやったらスキルを得られるのかとかを中心に、生きていく上で役立つ技術なんかも知れると嬉しいかな。