第4話 出会い触れ合う家族たち
さて、全力で記憶の彼方に封じるような痴態を演じることによってわたしの飼い主と思われる少女と打ち解けることに成功したわたしは、あの恐ろしい部屋から脱出を果たした。
少女に手を引かれるまま建物を出たところ、目の前に広がったのはなんとも牧歌的な欧風の田舎村の姿だった。
家々は見たところ基礎部分は石を組んで隙間を粘り気の強い粘土で埋めてあり、他の部分は殆ど木材で出来ているように見える。一部分だけ基礎部分に似た石を組んだものが地面から続いて煙突となっているのであそこは暖炉かな。
家の傍らを柵で囲っていて中では小さな植物が育てられている。あれは庭なんだろうな。そこで育てられているのは各家によって違っているようだ。香草やハーブのようなものを育てている家もあれば、割と手軽そうな野菜類のようなものを育てている家もある。中には小さな鶏っぽい生き物が放し飼いになっている家もあって違いが面白い。
どの建物もおそらく一階建てで、大きめの建物でも2・3部屋もあれば良いというくらいかな。
あぁ、とても長閑そうな風景で、時間がゆっくり流れている印象がとてもわたし好みだ。
こういう文明的でせせこましい印象とかけ離れた雰囲気は、文明社会の中で生きてきたわたしにとっては大変好ましい。これで小さな畑で食べる分の野菜だけ作り、あとは鶏の面倒なんかを見つつ卵を分けてもらってちょっと贅沢してみたり。近くの森の中を散策して山菜や蜂蜜を見つけてご飯のおかずや甘いものに小さな幸せを感じる。
あぁ、素晴らしきかなスローライフ。とは言っても、やっぱり文明と完全に手を切るには至らないのが気を沈ませるわけですがね……。はぁ。
なんてことを考えながら少女に手を引かれていると、少女はそのまま一つの家に入っていった。この子わたしとの身長差を考えると結構姿勢低めに取っていて歩くのしんどそうだけど、それでもわたしの手を離したり抱き上げたりはしないんだよな。
最初に会ったときに抱き上げられて、無邪気アピールのときにわたしが手の中から飛び降りたから抱っこされるのが嫌だったんだと思ったのかな。だとしたら中々気の使える良い子ということだ。これは割りと恵まれた家庭に拾われたのかもしれないな。
「さぁアルー、ここがお家ですよー」
そう言って少女はわたしの事を家の中に招き入れてくれた。
扉をくぐると、中は家の外装からのイメージどおりの雰囲気だった。机や椅子は使いやすいように加工されているが装飾なんかは無くて実用性を重視した造りになっている。
壁には特に装飾は無くて、二つほどタペストリーのような布がかけられている。調理場のようなエリアとその近くには暖炉が。口が広く取られていて下には金属製の柵が。火の回りには上に大きな鍋がかけられるようになっていて今もふつふつとスープが煮えている。
少女がただいまー、と大きな声で言うと、調理スペースでなにやら作業をしていたらしい女性がくるりと振り向いて、にこりと微笑んだ。
「おかえりなさい、メロニア。その子があなたの待ってたアルちゃんかしら?」
「うん。さっきね、たねぐらから声がして見に行ったら、アル起きてたの!」
エプロンで濡れていた手を拭って歩いてきた女性に、少女はどこかたどたどしくあるが元気良く答えた。
そうか、この子の名前はメロニアって言うのか。しゃべれないから名前も聞けなかったな。まぁ、名前が分かっても呼べないんだけどね。
そんなことを考えていると、少女、メロニアの母親がわたしの目の前まで歩いてきて膝を屈めた。
「はじめまして、アルちゃん。わたしはメロニアのお母さんのイーディニアっていうの。これからあなたと一緒にこのうちで暮らすことになるわ。よろしくね」
そうにこやかに言うとすっと右手を差し出してきた。
この辺りに握手の文化があることはさっき、メロニアと戯れているうちにそれとなく確認していたからそれほど躊躇うことなく手を取った。両手で。
だって手が短いし小さいから握手してる感が薄いんだもの。それに両手で行くと無邪気感出る気がするしな。
「ピヤヤァー。ピヤッピャ」
両手で取った手を振り振りしつつ、そこに顔を寄せてスリスリと。これくらいの媚はダメージなく売れるようになったぜ。さっきの全力馬鹿モードと比べればこの程度。フフフ。
「あらあら、アルちゃんは甘えんぼさんなのかしらね」
「ピャピャッピヤヤァ、ピャッピャァ」
「あー、お母さんとアル仲良しだー」
ピタピタスリスリ。メロニアが推定7歳ころと見て、お母さんのイーディニアさんは結構若めだからおおよそ24・5歳くらいだろうか。わたしと同じくらいだな。
ということはだ、わたしは今、同世代の女性の手に、無邪気な生き物を装って頬ずりしているということになる、のか。……なんかすごい犯罪くさいぞ、この言い方。いやまぁ、一面を切り取ってみた場合の事実ではあるんだけどね。やばい、これ以上考えてはいけない。こういうときこそ馬鹿になるのだ。
「それにしても、やっぱり手のある『ウォークシード』だと穏やかというか、人懐っこいのね。村の中に置いておけば亜種化するって、スミルドさんの言っていた通りになって良かったわね、メロニア」
「うん!あとでスミルドお兄ちゃんにお礼言いに行こうね、お母さん」
メロニアとイーディニアさんがわたしの事を撫でながらそんな話をしていた。文脈というか前後の繋がりから言って「ウォークシード」っていうのは、わたしのことだろうな。手のあるって、手が無いのもいるのかな?そっちは凶暴というかワイルドな感じなのか。
どうもそっちが主流みたいだ。亜種化した結果が今のわたしみたいだし。
スミルドさんとやらはわたしみたいな生き物に詳しいらしいから、一度会ってみたいと思う。色々と聞いてみたい。
「そういえばスミルドさんから、アルちゃんが起きたらステータスは確認しておくようにって言われていたけれど、もう確認はしたの?」
イーディニアさんがそういうとメロニアは「はっ!!」と、実際声に出るほどはっとしてからキラキラした目でこっちを見てきた。
え、てかステータスって、もしかしてあのステータスなんだろうか。こうRPGなんかでよくある攻撃力とか防御力とかが出てくる系の奴。そんな馬鹿な。ゲームじゃないんだしそんなの見られるなんてこと……無くもないのかな。なんかどう考えても普通じゃないもんな、ここ。なんせ種に手足が生えて歌って踊れるようになっているし。
なんていうの、所謂ところの異世界転生って奴か。うん、よく小説とかで見てたよ。
チート能力とか貰って、出会った女の子は大体侍らせていって、最終的に神様で王様とかになる奴だよね。
わたし的にはちょっと柵が多そうであんまり歓迎はしないかなぁ。
閑話休題。色々と思考があっちこっちに飛んでいる間もキラキラした目でこっちを見ているメロニアに向けて、「わたし何したらいいの?すてぇたすってなぁに?」という感じを出来るだけ表現した動きを体全体でアピールしてみる。気分は1頭身系ゆるキャラのスーツアクターさんである。
ただメロニアはあまり察してはいない様子でお互い見つめ合うこと数秒、横で見ていたイーディニアさんの方が先にわたしの意図を察してくれたようで、くすくすと微笑みながらメロニアの肩を叩いた。
「メロニア、アルちゃんはステータスの出し方が分からないみたいよ。メロニアはお姉ちゃんなんだから、アルちゃんに出し方を教えてあげて?」
「そっか、アルはさっき起きたばっかりなんだもんね!わたしが教えてあげる!
えっとねー、ステータスはね、『いのちのそこ、ひらくとびら、わたしのめはのぞきこむ』って唱えると見れるようになるの!それでね、皆に見せてあげるときはね、ステータスを出したまま『うかびあがるえいち、かがやきをてのなかに』って唱えるといいの!」
そう説明した後、メロニアは「お手本を見せてあげるね」といってさっきの呪文のようなものを唱えていった。
するとどうだ。メロニアから溢れ出るようにして光が現れて一定の形を作り始めた。数秒すると形が定まったようで、メロニアが屈んでわたしに見えるように光の塊を差し出してくれた。
わたしが思っている通りのステータスなのか覗き込んでみると、光そのものが文字になっているというより、ここの部分はこういう意味なんだと自然と理解できるような不思議な感覚で中身が確認できた。ふむふむ、面白いなこれ。内容的には思っていた通りのもののようだ。
因みにメロニアが見せてくれたステータスはこんな感じだった。
―――――ステータス―――――
名前:メロニア
年齢:06y02m
種族:人間族
レベル:4
称号:なし
状態:正常
内蓄魔力:7/8
STR:13
DEF:6
VIT:8
AGI:9
DEX:11
INT:8
MND:6
種族特性:
《止まらぬ血潮・Lv1》
スキル:
《農業・Lv1》
《料理・Lv1》
―――――――――――――――
うん、まさにゲームって感じだな。個人的にはテレビゲームだとそんなにステータスって気にしないから、TRPGでイメージしたほうがピンと来やすい。
STRは筋力、DEFは頑強さ、VITは体力、AGIは敏捷さ、DEXは器用さ、INTは知力、MNDは精神力、って感じかな。種族や名前なんかの分かりやすいのは置いとくとして、やっぱりあったかレベル。4っていうのは、まぁ低いんだろうな。まだ幼い女の子だからこれ位はまだまだ低いんだろうな。
年齢は多分6歳2ヶ月ってところかな。
あとは分かりそうなのはスキルくらいだ。農村の女の子って感じが如実に出ている構成だな。
ただ、種族特性の部分が他と似つかわしくない厳しさだ。止まらぬ血潮って、怪我したら失血死してしまいそうだな。ここの人間は生き辛そうだよ。わたしは種でよかったかもしれない。
さて、メロニアのステータスも見せてもらって、大体のことの推察なんかもしていたけど、きっと自分のステータスを確認したらその辺りの答え合わせも出来ることだろうさ。
メロニアも期待の眼差しで見ているしな。
一応、さっきの呪文みたいなのをわたしが唱えられるのかっていう問題もあるにはあるが、わたしみたいなのに詳しいらしいスミルドさんとやらが見ておけって行っていたらしいからきっと出せるのだろう。
ということで、早速わたしは自分のステータスを表示すべく、さっきの呪文を唱える姿勢に入るのだった。