陸話 支部長との問答
目を覚ましたら知らない天井だった。
(ここ、どこだ?)
えーっと、確か、俺は一回死んで、鬼になって、鬼蜘蛛倒して、自分も倒れた。
(うん、じゃあなんでこんなところに居るんだ?夢じゃないみたいだし)
額の角を触りながら周りを見回す。
どうやら、俺はベッドに寝かされていたみたいだ。
結構広い部屋で、俺が使っているベッド以外にも沢山のベッドが並んでいる。
病院、だろうか?
いや、病院はこんな和風テイストの造りじゃないと思う。
そう考えていたら、部屋の扉が開いて誰かが入ってきた。
「あ、雹さん!目が覚めたんですね」
部屋に入ってきたのは、菫さんだった。
人間に化けてないみたいだし、やっぱり病院じゃないんだな。
「さっきね。で、ここ、どこなんだ?」
「ここはJMの日本支部ですよ。私を追いかけてきた亜志麻さんが、私達を運んでくれたんです」
「はぁ、亜志麻さんが………」
てか、あの人、人間じゃなかったんだな。
一人で俺達二人を運ぶなんて、普通の人間じゃあ出来ないし。
「お、目ぇ覚めたんか」
「あ、亜志麻さん」
今度は亜志麻さんがやってきた。
「亜志麻さん、ありがとうございました。俺を運んでくれたみたいで」
「構へんて。怪異は普通の病院は使えんからな~。それに、聞きたい事もあったしなぁ」
亜志麻さんの目付きが、少し鋭くなる。
俺は思わず背筋を伸ばす。
「んで、幾つか聞きたいんやけど。もう大丈夫やろ?」
「はい、問題ありません」
鬼蜘蛛との戦闘ではあまり攻撃はくらっていなかったが、それでも多少は傷が出来た。
だが、今は跡形もなく消え去っているし、体力も問題ない。
「じゃあまず、最初の質問や。雹君、君は人間?それとも鬼?どっちや?」
「に、……鬼です」
思わず人間と答えそうになってしまった。
だが、今はもう鬼だ。人間じゃない。
「そうか。じゃあ、二つ目の質問。なんで、鬼になっとるんや?君、初めて会った時は人間やったやろう」
「それは…………」
俺は鬼になった経緯を亜志麻さんに全て話した。
俺の話しを聞いた二人は、揃って驚きを露にした。
「封印……?何で、雹さんにそんなものが………?」
「一回死んだ………そうか、あの血痕はそういう………」
菫さんは疑問の、亜志麻さんは納得の表情を浮かべている。
あの~、本題を進めたいんだけど?
「あの、亜志麻さん?」
「ああ、すまんすまん。成る程なぁ、理由は分かったわ。じゃあ、次や。これで一応最後やな。これは質問っちゅうか、お願いなんやけど……………」
「?なんですか?」
確か、亜志麻さんって支部長だったよな?
そんな人が俺にお願いって、一体?
「うん、それがなぁ。雹君、君、JMに入らんか?」
「…………え?」
亜志麻さんの口から出た言葉に、俺は比喩なしに固まってしまう。
亜志麻さんはそんな俺を放って、話を進める。
「君はどうやら戦えるみたいやしな。戦える怪異は貴重なんや。ましてや、君は鬼蜘蛛も倒してるしなぁ、即戦力や。勿論、いきなり実戦に出したりはせぇへんで。ちゃんと一通りの訓練は受けてもろぉて「ち、ちょっと待って下さい!」なんや、菫?」
話しについていけずに呆然としていた俺に代わって、菫さんが亜志麻さんの話を遮る。
「雹さんは普通の人ですよ!?戦いなんて出来る訳がありません!」
「今は鬼や。それに実際に鬼蜘蛛も倒してる」
「……!で、でも、それでも元々は普通の人間です!戦いなんて危険過ぎます!」
「………菫、いい加減にせぇ。ワイが聞いとるんは、雹君や。お前やない。これは、ワイやお前が決める事やない」
亜志麻さんの言葉に、菫さんは言い返そうとして口を閉ざす。
菫さんが、眉を下げた表情で俺を見つめてくる。
菫さんは心配してくれているのだろう。
それは素直に嬉しい、けど、俺は…………………。
俺は菫さんから亜志麻さんに視線を移し、その何を考えているのか分からない瞳を見返す。
「ん、決まったんやな?」
「はい、そのお誘い、受けさせてもらいます。寧ろ、こちらからお願いしたい位です」
「ほう?」
「雹さん!?」
俺の答えに、亜志麻さんは興味深そうに眼を細め、菫さんは先程と同じ表情で俺に必死に話しかけてくる。
「雹さん、分かってるんですか!?戦うって事は、死ぬかもしれないんですよ!?それに!生きているものの命を奪わなきゃいけないんです!」
「はは、分かってるよ、菫さん。でも、もう決めた事だ。それでも、俺は戦いたい」
力があれば、失踪した両親を見つけられるかもしれないから…………とは言わないでおく。
それは別に言わなくても良いだろう。
「絶対、ですか」
「ああ、絶対。それで強くなって、俺が菫さんを守るよ」
「ひゃいっ!?そ、それは…………」
菫さんが突然奇声をあげてうつ向いてしまった。
俺、何か変な事言ったか?思ったことを正直に言っただけなんだけど。
「雹君、意外とやるなぁ」
「え、何の事ですか?」
「え、まさか気づいてへんの?駄目やわ、こら………」
亜志麻さんは、呆れた様な顔をして俺を見た。
なんでそんな風な顔で俺を見るんだ?
「ま、とりあえず一段落やな。改めて自己紹介しとくで。ワイは亜志麻久左。この支部の支部長をしとるもんや。歓迎するでぇ、新人君。これから宜しゅうなぁ。ほれ、菫も」
「あ、はい。私は霧野江菫。この支部に所属する、戦闘要員です。宜しくお願いします、雹さん!」
二人が笑顔で俺を迎え入れてくれる。
俺はこれからここで生きていくんだ。
二人の笑顔に胸が温かくなるのを感じながら、俺は笑顔で自己紹介をかえした。
「俺は鬼刃雹です!亜志麻さん、菫さん!これから宜しくお願いします!」
俺が元気にそう言った瞬間…………………時が止まった。
正確には、亜志麻さんが石の様に固まってしまったのだ。
「あ、あの~、亜志麻さん?」
「はっ!?あ、ああ、雹君か。あ、あんな?一つ聞きたいんやけど、良いか?」
「は、はい。構いませんけど」
亜志麻さんが少し震えながら聞いてきた。
心なしか、顔が蒼白くなっているような気がする。
本当にどうしたんだ?
「さ、さっき、鬼刃、って言うたか?」
「はい、言いました」
「鬼刃、雹………?」
「はい、あの、どうしたんですか?」
「いや、あんなぁ、雹君。もしかして君……………鬼刃剛真さんと、鬼刃白奈さんの、息子さん?」
「っ!?ち、父と母を知ってるんですか!?」
「ひ、雹さん?どうしたんですか?」
菫さんが聞いてくるが、どうしたもこうしたもない。
亜志麻さんが口にした、鬼刃剛真と鬼刃白奈は俺の両親の名前だ。
なんで亜志麻さんが知ってるんだ?いや、俺に鬼の力があったんだから、まさか…………………。
そんな俺の考えを肯定する様に、亜志麻さんは頷く。
「そら、知ってるに決まってるわ。あの二人は、この支部に所属してた怪異やからな」