弐話 支部長 亜志麻 久左
「ふわぁ~、眠い」
翌日、俺は何事もなく次の日を迎え、現在は居間でゴロゴロしていた。
はっきり言って、俺は無趣味だ。
色々やってはみたが、本気でやるとどれも最後まで長続きしない。
なので、この家には母が置いていった難しそうな本ぐらいしか置いてないのだ。
読もうとした事はあるが、途中で頭が痛くなってきてしまって諦めた。
「本当に暇すぎる。何かやる事は無いのか…………ん?誰か来た?」
ゴロゴロしていると、玄関からチャイムの音が聴こえてきた。
どうやら、お客さんみたいだ。
身体を起こして、玄関に向かう。
しかし、俺しか居ないこの家に訪ねてくる人なんて居ただろうか?
不思議に思いながら玄関の扉を開ける。
そこには……………………………。
「………菫さん?」
「こんにちは、雹さん」
扉の前に居たのは、昨日と同じく巫女服を着た菫さんだった。
なんで菫さんが?
そして、訪問者は菫さんだけでは無かった。
「えっと、そちらの方は?」
「あ、はい。この方は、私が所属している日本支部の支部長をしている、亜志麻さんです」
「初めましてやな、雹君。ワイは日本支部の支部長をしている、亜志麻 久左っちゅう者や。よろしゅうな」
随分なお偉いさんだった。
だけど、なんでそんな人がわざわざ俺の家に?
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あのあと、二人には家に上がって貰った。
流石に、真夏の太陽にさらしたままで話をするつもりはない。
「で、貴方は何故わざわざ家に?何か用があるんでしょう?」
「ははっ、そらな。まあ、大した事や無い。家の部下を助けてくれたらしいからなぁ、そのお礼に来たんや」
お礼か、まあ別におかしくはないかな。
怪異とか、明らかに大変な事だし。
そんな事を考えていると、亜志麻さんが表情を引き締めて俺を見つめてきた。
「実は、雹君。それ以外にもここに来た理由があるんや。君は、昨日の事を誰かに話したりせんかったか?」
「別にそんな事はしてませんけど…?」
「そうか、なら頼みたいんやけど。昨日の事……要するに怪異の事は誰にも話さないでほしいんや。怪異の事は基本関係者にしか話しちゃあかん。しかし、菫が雹君に話した言うやないか。だから、その口止めに来たんや」
成る程な、それならまあ、納得だ。
てか、菫さん、あれって話しちゃ駄目だったのかよ。
結構ペラペラ喋ってたけど。
「それで、どうやろか。黙っててくれるか?」
「はい、別に構いませんよ。そもそも、あんな事話したって、誰も信じちゃくれないし」
「そうか、ありがとうな」
亜志麻さんは安心した様に肩の力を抜いた。
しかし、もし頼みを断っていたらどうなっていたんだろうか?
監禁とか、もしかしたら口封じに殺されたりとか?
………………駄目だ、これ以上は考えちゃいけない気がする。
「それでやな、雹君。これがお詫びの品。こっちが頼みを聞いてくれたお礼や」
亜志麻さんは、そう言ってかみぶくろを二つ差し出してきた。
大きい袋の方の中身は、前にテレビで見た事がある、人気の老舗和菓子店の物だった。
小さい袋の方は………なんだこれ、お守り?
「それはワイが作ったお守りや。もしかしたら君も怪異に襲われるかもしれんからな。菫の知り合いやから、特別に作ったんや。怪異に襲われた時にそれを握って強く『助けて』って念じるんや。それだけでワイの所に連絡が来る。ま、要するに防犯ブザーみたいなもんやな」
「成る程、ありがとうございます、亜志麻さん」
既に一回巻き込まれてるからな。
これからも絶対無いとは言い切れない。
素直に頂いておく事にしよう。
「じゃあ、これで用は終わりですか?良かったら、お茶でも」
「いや、これで失礼させて貰うわ。これから仕事もあるんでな。ほな行くで、菫」
「はい、亜志麻さん。失礼しました、雹さん。またいつか」
そう言うと、二人はさっさと家から出ていった。
なんか慌ただしく感じるなぁ。
そう思いながら居間に戻ると、机の上に紙が置いてあるのに気がついた。
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雹君へ。
菫は良い娘やで。菫には怪異と全く関係が無いのに友達になったんは雹君が初めてなんや。
これからも仲良うしたってや。
亜志麻 久左
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「あの人……心配しなくても大丈夫ですよ。俺は菫さんと仲違いするつもりはありませんから」
亜志麻さんも随分心配性だなぁ、意外だ。
まるで、菫さんの親みたいだな。
て、あれ?そういや、亜志麻さんって人間なのかな?それとも何かの怪異?
「ま、考えても仕方ないか。てか暑いな。アイスアイス~、あれ、無いじゃん。仕方ない、買いに行くか」
俺は胸に微笑ましさと、少々の疑問を抱えながら家から出ていった。
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「あのー、亜志麻さん」
「ん?なんや、菫。どないしたんや?」
雹君の家を出てから直ぐ、菫が話しかけてきた。
ホンマ、どないしたっちゅうんや?
「雹さんの事なんですけど、お守り、ありがとうございました。私はそういうのはやった事が無いので………」
「構へん構へん。菫に怪異関係意外の友達が出来るなんて、初めてやからな。ちぃと、お節介をやいただけや」
ワイがそう言うと、菫は照れくさそうな顔で笑いおった。
ほんまに仲良うしてほしいわ。
雹君も良い子そうだったしなぁ。
(せやけど、あれは気のせいやったんかな?最初、雹君から妖気を感じた気がしたんやけど……。どっかで感じた様な……。ま、多分気のせいやろな。最初の一瞬だけで、その後は全く感じへんかったし)
そう考えながらも、一応頭のすみに仕舞っておく亜志麻であった。
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(アイスアイス~。てか、やっぱり遠いな、店。こんな暑いのになぁ。でも、あそこの駄菓子屋じゃないと、氷味のアイス売ってないんだよな)
汗を流しながら道を歩く。
本当に暑いし面倒臭い。
両親も、もっと駄菓子屋の近くに家を建てれば良かったのに。
「はぁー、あっちぃ~。て、あれ。確かこの道は……」
駄菓子屋に向かって歩いていると、昔よく通った道を見つけた。
「よし、行ってみるか!別にアイスは急ぎじゃないしな。早く食いたいけど」
俺はその道を歩き始める。
道はやがて山の中の獣道へと変わり、数十分後、開けた場所に出た。
その場所だけ他よりも植物の成長が遅く、ボロボロになったオモチャが幾つか転がっている。
ここは、昔金とよく一緒に遊んだ、秘密の遊び場みたいな場所だ。
懐かしいな、あれからもう10年以上経つのか…………。
俺が暑さも忘れて昔に想いをめぐらしていると、急に視界が暗くなる。
「なんだってんだよ、一体…………え?」
少し気分を悪くしながら後ろを振り向くと、そこには思いがけない人物………いや、怪異、鬼蜘蛛が居た。
鬼蜘蛛の巨体が、暑苦しい夏の日差しを遮っていたのだ。
その事を認識した瞬間、俺は鬼蜘蛛に襲われる前に、一気に山の中に逃げ込む。
鬼蜘蛛が道を塞いでて、来た道を引き返せなかったんだよ!
もし引き返せたとしても、人を巻き込んじゃうから行けないし。
走りながら後ろを確認すると、鬼蜘蛛はいかにも余裕がありますよ、といった感じで醜悪な笑みを浮かべながら(恐らく)追いかけてきていた。
鬼蜘蛛からすれば遅い速度なのだろうが、ただの人間である俺からしたら、充分に速い速度だ。
「ひいぃぃぃぃ!!何で俺が!さっきフラグでも立ってたのかぁぁぁ!!?」
とある日の昼過ぎ。サンサンと輝く太陽が照らす中、ある国のある町のある山で、悲鳴が響きわたった。