壱話 霧野江 菫
「ん、んぅぅ……ここは?」
気がついたら、目の前の景色が変わっていた。
確か、私はさっきまで鬼蜘蛛と戦っていた筈だった。
しかし、今私が居るのは屋外ではなく、明らかに一般的な家の中である。
なんでこんなところに?確か、鬼蜘蛛に吹き飛ばされて………駄目です、そこから先の記憶がありません。
窓から外を見た限りでは、既に夜になっている様です。
誰かが助けてくれたのでしょうか?
ならお礼を言わなければ、そのあとに連絡を…………。
そう考えた時でした。
扉が開いて、男性が入ってきました。
「あ、起きたんだ。もう大丈夫か?」
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女の子が目覚めたのを確認した俺は、とりあえずお茶を飲んでから話を聞く事にした。
「ふぅー、美味しいです。治療だけでなく、お茶までありがとうございます」
「いや、別に気にしなくて良いよ」
結構礼儀正しいな、この娘。
さて、一息ついたところで、質問に移りますか。
「あの、ちょっと……いや、かなり聞きたい事があるんだけど、良いか?」
「!……はい、構いません。助けて頂いた恩もありますし。何でも聞いて下さい」
女の子は表情を引き締めてそう言った。
別に危害は加えるつもりは無いんだけどなぁ。
「じゃあまず最初の質問だけど………その耳とか尻尾は何なんだ?」
「やっぱり気になりますよね、これ。明らかに人間では無いですし」
そりゃなぁ、誰でも気になるに決まってる。
寧ろ、気にならない方がおかしい。
「それじゃあ、やっぱり……君は人間じゃないのか?」
「はい、私は【妖孤】、分かり易く言うと、化け狐です」
化け狐?どういう事だ?
俺の困惑を察したのか、女の子が更に詳しく説明してくれる。
「えっと、それだけじゃ分かりませんよね。詳しく説明すると………………」
女の子の説明によると、こういう事らしかった。
この世界には、人間以外にも怪異、日本では妖怪と呼ばれるものが生きて暮らしているらしい。
ただ、怪異の中にも知能があるものと無いものが居るみたいだ。
知能がある怪異達は人間に混ざって生活していて、知能の無い怪異に対応する為の組織もあるらしい。
はは、聞いといてあれだけど、馬鹿げてる。
今までの日常では、常識では信じられないだろう。
だが、あの鬼蜘蛛?や、この娘を見てからだと、信じるしかない。
「……成る程、大体は分かった。あの化け物が知能の無い怪異、ってやつなんだよな?じゃあ、もしかして君は……………」
「はい、私は怪異対策組織[JM]日本支部に所属している怪異です」
やはり、か…………。
じゃなきゃ、怪異のこの娘があいつと戦ってる訳無いもんな。
「じゃあ、次の質問だけど。どうして君は戦ってたんだ?その組織の任務、ってやつ?」
「あ、いえ、たまたま外出中に鬼蜘蛛に出くわしたので、仕方なく応戦していて。気がついたら、ここに」
ふーん、て、あれ?じゃあ、プライベートでその格好なのか?
実家が神社とかなのかな?
「あの、すいません」
「ん?どうしたんだ?」
「あの、家にお邪魔させて頂いているので、ご両親にも挨拶したいのですが……」
「ああ、言ってなかったっけ。俺、両親は居ないんだよ。だから、この家で一人暮らし」
「あ、すいません、変な事聞いてしまって」
「いや、別に良いって。もう昔の事だし」
女の子は少し気落ちしちゃったみたいだ。
しかし、この反応も懐かしいな。
両親が失踪した直後は、周囲がよくこんな反応をしていたものだ。
「んじゃ、最後に」
「はい」
また緊張しちゃったみたいだなぁ。
別に変な事を聞くんじゃないんだけど。
「今更だけど、言っておくよ。俺の名前は雹、宜しくな」
「あ、これはとんだ失礼を。私は妖孤の霧野江 菫です。宜しくお願いします」
これが、俺と菫の出会い。
そして、俺の人生が大きく変わるのが決まった瞬間だったんだ。
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「ご馳走さまでした」
「お粗末さまでした」
あのあと、俺と菫は夕食をとっていた。
因みに、全て俺の手作りだ。
一人暮らしが長いので、腕前はそれなりにあると自負している。
今日の献立は、和食にしてみた。
菫さんは巫女服を着ているので、洋食よりは和食が良いかと考えた結果だ。
だからかどうかは分からないが、菫さんは美味しそうに食べてくれた。
「では、雹さん。そろそろ」
「ああ、分かった」
菫さんは帰り支度を始めた。
と言っても、持っていたのは幾つかの小物だけなので直ぐに終わる。
耳と尻尾は隠さなくて大丈夫なのか心配だったが、流石怪異。
何かの術を使ったのか、狐の耳と尻尾が消えて、人間の耳がついていた。
俺は菫さんと一緒に玄関まで移動する。
「お見送り、ありがとうございます。今日は大変お世話になりました」
「良いって良いって。大した事はしてないんだし。そっちも気をつけろよ」
「はい!今日は本当にありがとうございました!」
菫さんは華やかな笑顔を見せると、袴の裾を翻して闇の中へと去っていった。
俺は家の中に入って、夕食の片付けと風呂を済ませて布団に入る。
(不思議な一日だったなぁ。まあ、もう無いだろうけど)
最後にそんな事を考えながら、俺は深い眠りに沈んでいった。
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(夕食、美味しかったなー♪)
雹の家を出たあと、菫は家に向かいながら雹の事を思い出していた。
人ならざる姿を持つ妖孤の姿を見ても、危害を加えようとしなかった人間。
それどころか、手厚く治療や夕食まで出してくれた。
今まで普通の人間とは関わった事が無かったが故に、どうしても嬉しさが込み上げてきてしまう。
そして、菫はふと思う。
(あれ、そう言えばどうして雹さんは私や鬼蜘蛛に気づけたんだろう?ちゃんと人避けの結界をはってたのに)
菫はその事を少し疑問に思いながらも、軽い足取りで歩いていった。