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佐藤教官と三輪君の許されざる車内にて

作者: ムラカワアオイ

嗚呼、今日の教官、なんか暑苦しい奴やって聞いてるけど、なんかやる気ないわ。今日はなんか雲行きも怪しい。昨日は昨日で雨の中、自転車に乗りよったら、自転車泥棒ちゃうかいうて職務質問されるしな。笑顔のお巡りさんも、「雨の中ご苦労様です」って言うてたわ。ため息ばっかりやで、最近。あ、来た、来た。なんやねん、こいつ。教官やで。なんで茶髪でロン毛で後ろ髪、くくってんねん。

「はい、どうも、昨日、土砂降りやったな。電車、止まるわ、遅刻するわで。ほんま駅前大名行列やで。え、しかし。でも、今日はこれから晴れるみたいやで。ええこっちゃな。えっと、三輪、え、これ、本名やわな」

俺、名前でむちゃ損してんねん。この教官も大袈裟に言いよった。

「はい。三輪週末和と言います」

「あ、そう。びっくりしたわ。凄い名前やな。しゅうまつわ。F1レーサーみたいやん。はあ、凄い。先生、人生の出会いで一番に衝撃を受けたわ。びっくりやで。あ、僕、佐藤静岡といいます。お手柔らかによろしく」

「あ、よろしくお願いします」

 佐藤静岡も凄いやん。自慢したいんやろな。手振り身振りがオーバーリアクションやねん。えらいこっちゃ。教習所の教官やで。なんか知らんけどこの教習所に通いだしてから、何かがおかしいんや。凄い美人の教官に膝を触られて、

「週末和くん、相談があるんよ。私、夢があるねん。今度、市民プールで相談のってくれへん。先生個人的にも週末和くんに興味があるから携帯とアドレス教えるわ。市民プールで待ってるから」

 で、俺、義理人情で行ったんよ。市民プール。そしたら、親父に偶然、遭遇やで。まあ、今のところ、俺、彼女おるわけやないし、ええか。と思ってたら、

「週末和。お前、ナンパでもしよるんか」

「ちゃうちゃう。人に会うんよ。それだけや」

「そうか、まあ、夏を楽しめよ」

 俺の親父、コンビニの店長でな。元やくざで元国会議員やねん。俺、売れへん画家でな。バイト転々としながら、親父の影響あってか彫師のバイトもしたやろ。イタリアンレストランのウエイター、葬儀屋。小学生の頃からフェラーリでお出迎え。あかんあかん。ぼけーっとしとった。佐藤静岡が横におる。

「ほな、行こか。そしたら、一応、乗車確認。良し。出来てるな。さて、行きましょう」

「はい」

「へえ、順調にきてるやん。仮免までほとんど、とんとん拍子やな。はい、巻き込み確認、ウインカー。凄い。天才やな。さすがは週末和くん」

「いや、名前は関係ないと思うんですけど」

「まあ、ええやん。名はなんとかって言うやんか。心憎いぞ。サラブレッド。あ、煙草、吸ってもええか。勿論、内緒やで」

「ああ、まあ、はい」

「じゃ、次、右折な。もう、夏やなぁ。週末和くんは彼女とかは、おるん」

「いえ、今はいないですけど」

「そうか、はよ、助手席に可愛い女の子、乗せたいやろ。先生な来月、結婚するねん。あ、ここから、バイパス、行ってみようか。この辺、ホテル街やな。先生、ホモっぽいか」

 はあ、なに言うてんねん。このおっさん。世の中、上手く渡らんと。

「いえ、全然そんな感じはしないですけど」

「どあほ。お前、今、なんて言うたんや。ホモセクシャルの人達を馬鹿にしてるんか」

 え、何かが違うぞ。この人、何者や。世の中、上手く渡らんと。

「すみません。その通りですね」

「君は今までで一番の生徒や。いや、一番の出会いや。今度、遊びに行ってええよな」

「いや、それは出来ないです」

「家、行ったらあかんの。僕らの間に秘密の二文字はないやろう」

「は、はい」

「商談成立や」

 淋しいんやろうな。結婚前にこんなに暑苦しい。ああ、虫歯痛い。胆石もあるし、俺、その上、頭痛持ちやし、腱鞘炎やし。この人、もっぱら元気やで。それから、プロレスの話に花が咲いた。俺は高校の時、レスリング部におった。佐藤教官は元ボクサーやと自慢し始めた。ほんまかいや。胡散臭い、この人。この車内。

「週末和くんは今、大学生かなんかなん」

「はい。一応そうです」

「なんや、聞いたで。森田先生に誘われたんやって。あの人、美人やからな。何があったん。二人の仲には」

 えっ。なんやねん。この教習所。待てよ。素直になったほうがええんやろか。

「あの、佐藤先生に言わなあかんのですか」

「そうや。僕等、友達やん」

 友達。待てよ。この胡散臭さ。この大袈裟過ぎる男。この車内。この夏。暑苦しいねん。それを言うたらどうなる。っていうか言わなあかんのやろう。

「あの市民プールで食事して、森田先生、漫才師を目指してはるみたいで。離婚して一緒にコンビ組まへんか。って言われて。断ったんですけど徹夜でネタ合わせして…」

「へえ、青春したらしいな」

「え、何で、知ってるんですか」

「大人になるとな、なんでも分かるようになるものなのやで」

 こ、こいつ。俺はブレーキを踏んで、言うてもうた。

「お前な、人、おちょくるんもええ加減にせえよ。もう、ええわ。この教習所、辞めたるわ。こら、おっさん。俺、もう帰るわ」

「待って。待つんや。週末和くん。先生、悪かった。先生、友達が欲しいねん。謝る。ごめんなさい。その代わり、すぐ卒業させたるわ。君は男の中の男や。先生、君が好きや。今からしりとりしよう。あり」

「リンゴ」

「ごちそうさん。あ、ん、言うてもた」

 もろや。もろ、自決しよった。しかし、カタギには手を出せへんからな。

「先生。今すぐ、卒業させてくれるんやろう。

俺が何を言いたいか、それぐらいは、わかるよな」

「はい。週末和さん。勿論です。免許証の写真、僕で良ければ、撮りますよ。任せてください。僕の趣味は写真なんです。それより、僕と今度、カラオケに行きませんか」

こいつ、完璧に桁外れのあほや。免許証の写真は警察で撮るものですよ。佐藤教官よ。こいつ、ほんまにクレイジーや。こいつ、ほんまに狂ってる。こいつとカラオケ行っても、全然、面白くないやろな。行く必要がひとつもない。ああ疲れる。さてと。

「先生、俺、家に帰りたいんですわ」

「あ、はい。お送りします」

「運転交代」

 やれやれ。助手席や。ブレーキの付いた助手席や。なんか嬉しい特典や。

「週末和さん。下剋上って意味知ってはりますか」

「そんなん、ええから」

「織田信長はカッコいいですね。週末和さん、織田信長にそっくりや」

 いいんですか。このご時世に。色々とこの空の下で、皆さんご苦労様やね。俺が織田信長やったら、この人。わけわからん。ああ腹減った。

「あの、教官、あなた、アーユーオーケー」

「僕、日本人ですねん。英語、全く出来ないんです。週末和さん。英語、出来るんですね。アーユーオーケーって怖い意味ですか。僕、もうすぐ、結婚するんです。喜んでくださいね」

「関係ないやろ。お前、大丈夫か」

「怪我したことも万引きしたことも一度もありません」

 な、なんやこいつ。ま、ええか。いや、良くない。前方を見渡すと、どっかで見たことのある女がチャリンコをこいでる。あれ、あいつ、順子ちゃうか。ほんまや、俺の初恋の順子や。待てよ。どう決めよか。俺。よし。

「順子、順子やん。久しぶり。元気やったか」

「え、週ちゃん。久しぶり。少し痩せたんちゃうん。週ちゃん、ほんま久しぶりやね。え、教習所で働いてるの。凄いやん。絵のほうも頑張ってるって噂で聞いたよ」

 順子は、ほんま美人やし、性格もええから、実際、俺からふってもたんよ。もったいないことしたわ。よく考えてみたら、こんなにええ女、他、探してもおらんで。順子のあだ名、おしゃれ番長やったもんな。俺、順子には、はったりは、こけへん。

「おう、ありがとう。それでな。順子」

あることを全て話した。順子は正義感が強い性格やから。言わんこっちゃない。佐藤静岡に、出た、順子の人生美学、モラル上。

「あの、先生。私、モラル上、考えたら、週ちゃんに酷い仕打ちじゃないですか。私、週ちゃんの苦労してきたとこ、たくさん知ってるんです」

「僕も案外、苦労人ですよ」

 こいつ、ほんまにあほや。佐藤教官。今日、寝られへんかったら、ごめんな。俺が謝ることでもないけどな。順子は、ほんまに性格ええわ。佐藤静岡の苦労話を真剣に聞きはじめたで。

「佐藤さん。初対面でこんなこと言うの、おこがましいかもしれないですけど、私、あなたのこと、苦労人やと思えません。モラル上、皆、苦労してるんです。世の中の人。皆。皆です。人に車の技術を教えるのは素敵なことです。だけど、モラル上、私、佐藤さんに人間的な修行を積んでほしいんです。結婚するんでしょ。お父さんになるんでしょ。しっかりしてくださいよ。ほんま、モラル上、考え直しはったらどうですか」

 さ、佐藤。佐藤静岡よ。バレバレの嘘泣き、完璧に哀れや。

「す、すみません。僕、僕、間違ってました。ほんま、この街の片隅で鳴いている子猫を見ると僕なんて、僕なんて。順子さん。僕はあなたが好きです」

 なんやねん。こいつ。言わんこっちゃない。順子が、やっぱりか。

「こら、おっさん。女をなめんなよ。私の中でおっさん、モラル上、最悪や。週ちゃん、すぐ、お父さんを呼んで。道具を頼むと伝えておいて」

「わ、分かった」

 泣きを見た、佐藤教官に明日はない。道具か。

「こら、おっさん、待て」

 シートベルトを外しかけた佐藤。もうしゃあないわ。言うことは言わなあかん。

「先生。正直に言うけど、逃げられへんで」

「そんなん。怖いです」

「週ちゃん、やばいパトカーや」

「うわ、でも俺等、何にも、悪くないよな」

 お巡りさんがパトカーを停めて、かなり睨みきかせてとぼとぼとこちらへ歩いてきた。

「あの、こういうもんなんですけど、お三人さん、とりあえず身分証か何かは、ありますか」

 身分証。俺、レンタルビデオ屋の会員証しか持ってない。とりあえずと。

「三輪くんね。あ、お父さんに良くしてもらってるから大丈夫。えっと、お嬢さんが岩本順子さんで間違いないね。はい、学生証、お返しします。で、おたくさんは」

「佐藤静岡です。免許証の通りです。よろしく」

「で、君等は何してんの」

まず、順子の出番。

「私ら、今、映画を撮ってるんです。三輪くんが生徒役で、佐藤さんが教官役で」

「え、映画。自主制作か。でも、カメラとかあらへんのはなんで」

「あ、カメラ、トランクの中です。佐藤さん、トランク、開けてもらいますか」

「あの僕にもプライバシーがあるんでそれはちょっと」

「おい、お前ら、はったりか。逮捕するぞ。トランク開けろ」

 おいおい。佐藤静岡よ。トランクに変なもんでも積んでるかいな。あほやの。

「順子、こいつ、モラル上、あほでええやんな」

「うん。モラル上、あほやと思うよ」

「お前ら、警察なめとんかいな。トランク開けろ」

「うわっ」

 なんやこいつ。車を降りて、我々が見た、佐藤静岡のあわれな横顔とは。

「君、逮捕はせいへんけど、いくらなんでもこれはないやろう」

 順子が佐藤教官の頬をぶった。

「結婚前に、エロビデオなんか見て何が楽しいんですか。お巡りさん、この人、逮捕できませんか。モラル上、許せません」

「それは、ごめんやけど法律上できへんわ。で、君、一応、VHSしか持ってないんかいな。何十本単位。いや、百本単位か。一応、何本あるかだけ報告書、書かなあかんからビデオの本数とタイトルはチェックさせてもらいます。えらいこっちゃで。モラル上」

「ちょっといいですか。勿論、僕は一切、犯罪を犯してはいないんですよ。それに人を殴ることは法律上、許せないことじゃないんですか」

「おっさん、ええから。ごめんな。三輪くん、順子ちゃん、目撃者としてだけの指紋だけ頼むわ。おっさんもな。えらいこっちゃで」

佐藤静岡は言いよった。めちゃくちゃ格好つけて。

「ちょっといいですか。勿論、僕は出来ないですよ。この時代、物を盗まないと生きていけない時代になったと思うんですよ」

「はい。はい」

 お巡りさんもあきれ返るのみ。

「おい、週末和。道具、持ってきたぞ。お、順子ちゃん、久しぶり。おい、ポリコー、これ、何の騒ぎや」

「いや、こいつがなんか、臭うんで職務質問してるだけです。というても下の方ですけどね」

「週末和。お前、手、出したんか」

「親父、ちゃうよ。こいつや。この佐藤が家まで行くぞとか言い出してな」

 親父が佐藤静岡の胸倉を掴んだ。

「おい、わしの家に何か用か」

「お父さんと友達になりたくて。僕、はとこを交通事故で亡くしてるんです。辛いでしょう」

「辛いも何もあるか」

 お巡りさんが笑い出した。けらけらと。

「あの、佐藤さんよ。佐藤静岡さんよ。君、頭、大丈夫かいな。一応、僕、警察官なんよね。ちょっと署の方にご同行願えますか」

「佐藤静岡です。僕はたった今、50代男性と思われる人間に暴行を受けた被害者です。被害者の会、設立を申し上げたい所存であります。この国には素晴らしい侍がまだまだ存在するではありませんか。今や情けなくなる一方の壊れた政治。政権交代を選択されたのが国民の皆様でありますれば政権交代の交代を選ぶのも国民の皆様であります」

「誰が、50代やねん。俺、41やぞ。それに、俺、元国会議員や。順子ちゃん」

「はい」

「これ、道具。ポリコー、これ、正当防衛ということにしとけよ」

「はい。分かりました」

 一気に汗だくになっていく壊れた佐藤静岡に、おそらく、明日という日はないだろう。

「先生、覚悟。女をなめたら罰当たるで」

「痛っ」

 道具とは、吹き矢のことである。この吹き矢を喰らうことによって30代男性の八割は三日三晩、最大は一週間以上に渡り眠りこくってしまうのである。

「ご苦労様でした。一応、佐藤静岡の身柄は僕等、警察の方で確保します。三人さん、今日は本当にご苦労様でした。えらいこっちゃっで。ほんまに。ああ疲れるわ」


「順子、順子」「ああ、週ちゃん、週ちゃん。もっとキテ。モラル上関係なく、もっともっと」

 ともかく、俺と順子はあの惨事が起きてから三日間、ほぼ、こんな調子で同化してるんよ。免許も即刻、もらえたしな。でも、でも。災難あり。今から警察で手続きして、佐藤静岡の身柄を何とかせなあかんという義務を果たさなあかんわけで。

「ほな、行ってくるわ」

「週ちゃん。私、考えてもええよ」

「え、なにを」

「結婚」

「え、俺と」

「うん」

「俺、言うとくけど、金は絵につぎ込むし、ええ生活できへんで」

「そんなことどうでもええねん。週ちゃんとおれたら私、幸せ」

「ほんまに」

「うん。ほんま」

 順子を抱きしめた。その瞬間やで。携帯が鳴った。それも非通知や。

「もしもし。三輪週末和様の携帯電話でお間違えないでしょうか」

「はい。三輪は僕ですけど」

「コスモポリタンジャーニー出版の綾瀬と申します。今、お時間のほうはよろしいでしょうか」

「はい。少しなら」

「週ちゃん、誰から。もしかして佐藤静岡から」

「ちゃうねん。出版社やって」

「あの僕の番号どこで調べはったんですか。それにどういったご用件ですか。きちんと説明してください」

「安心してください。我が社は決して怪しまれるような会社ではございません。実は三輪様のお父様からご承諾を頂きまして週末和様にお電話を差し上げた次第でございます。御用件は、『佐藤静岡』に関する情報提供に応じていただきたいのです。尽きましてはギャランティーも発生いたしますし、三輪様には一時間で10万円プラスお気持ちをこちらサイドで用意させて頂きます」

「ほんまにですか。佐藤静岡の何が知りたいんですか」

「そうですね。彼、色々と手広くやっているみたいでして、三輪様からの情報が、我が社としては必要なんです。よろしく、お願いします。今から、係の者が三輪様のご自宅にお伺い致しますので、ギャランティーを是非、お受け取りください」

 ブチっ。電話が一方的に切れた。怪しいな。佐藤静岡って誰やねん。十万か。よっしゃ、絵の具代に使って、順子にええもの、プレゼントをしよう。

「順子、好きやで。結婚しよう」

「うん、週ちゃん」

 順子にキスすると、なんでやねん。めちゃめちゃ怖そうな黒人が三人、やってきた。

「あの、三輪さんですか。僕、コスモポリタンジャーニー出版のボビーといいます。名刺、これです。手付けのお金、とりあえず、ここです。123456789、10。10万円になります。商談成立ですね。三輪さん、行きましょうか」

「どこへやねん」

「三輪さん、佐藤静岡、テレビインタビュー、オーケーね」

「おい、おい、待てや」

 俺は黒人三人に手錠をはめられた。なんや。なんやねん。お前ら。

「ちょい、待て、待て、何してんねん。テレビのインタビューってなんやねん。順子、警察呼んでくれ」

「週ちゃん、週ちゃん。うん、分かった」

「警察、呼んでも遅いです。これは、あなたの、三輪さんの、お仕事です」

 俺は黒人に抱えられ、黒いワゴン車の後部座席に乗っけられた。

「一時間の辛抱です。これも芸のためです。テレビ局に行きましょう。楽しいひと時を分かち合いましょう」

「何やねん、テレビ局って。手錠、なんとかせいや。俺と順子の邪魔をするな」

「三輪さん、緊張しちゃいけませんよ。その為の手錠です」

「わけわからんこと言うな」

「週ちゃん、週ちゃん」

順子は号泣。俺も半泣き。目隠しをされるはめに。なんでやねん。車が発車しよったわ。

「お前ら、なんやねん。俺、お前らに何か悪いことでも、したんか。してないやろうが。えっ。こら。家に帰せ。テレビはいらん」

「三輪さん、画家さん、順子さんと結婚。素晴らしい。後、三十分でテレビ局に到着します。日本の、高速道路、安全ね」

「それがどうした。こら。俺は帰りたいんじゃい」

「お仕事、お仕事。画家のチャンピオンねー。三輪さん」

「佐藤静岡がどうしたねん。あれがどないしようと、全く、俺には関係ないやろ。お前ら何を考えてるねん」

「目隠しと、手錠、とりあえず、外しますね。三輪さん。テレビ局、そろそろ、着きますよ。きれいなお姉さん、たくさん、いるでしょう。きれいな女子アナたくさん、いるでしょ。三輪さん、モテます。イケメンです」

もう、何を言うても、こいつらには通用せいへん。それこそ、もうたくさんや。それがよく分かったわ。嗚呼、溜め息や。

「おい、俺も逃げも隠れもせいへんから、その辺でコンビニあったら、寄ってくれ。腹が減った」

「はい、三輪さんには逆らえません。サンドウィッチとコーヒーでいいですか」

「それで、ええわ」

黒人さん等は目が半笑いで、レジで精算をしてる。これから、俺は、どないなるんや。

順子、家に帰ったら、籍を入れよな。ウエディングドレスも着せちゃうよ。

到着したのは、ローカルテレビ西近畿。嫌やわ。このマスメディアの雰囲気。確かにきれいな姉ちゃんが多いけど、そんなん、関係ない。「三輪週末和様」楽屋やて。俺に楽屋なんていらん。そしたら、びっくりして、我を忘れた俺がおった。

「こんにちは。三輪さん」

「こんにちは。三輪さん」

佐藤静岡が二人おった。げっ、なに。これは、なんなんや。

「三輪さん、これ、僕の双子の弟の佐藤鎌倉です。そっくりでしょう」

「兄が警察の一件で、三輪さんにお世話になったこと、一生忘れません。感謝の気持ちでいっぱいです」

「ええから。お前ら、ええから。暑苦しいねん。俺の視界に入るな」

「すみません。今、お茶でも入れますね」


気が付けば、俺は、『笑ろうてええんちゃうん』というバラエティ番組の、サングラスの司会者の横に座っとった。

「最近、絵とか描いてるの」

「なんで、僕が画家って知ってるんですか」

 ムカつくわ。俺は何のために生きてるねん。誰か教えてくれや。

「いや、俺さ、週末和くんのお父さんと国会で一緒に仕事してたことがあってさ。お父さん、週末和くんのこと、凄く自慢してたんだよ。お会いできて光栄です」

親父。嬉しいような、哀しいような。世の中、あほや。あほ過ぎる。

「それから、結婚するんだって。おめでとう」

「なんで、そんなこと、知ってるんですか」

「それなんだよ。佐藤静岡とさ、佐藤鎌倉がさ、前々から週末和くんの部屋に盗聴器と監視カメラを仕掛けてたんだよ。正直なところ、週末和くん、イケメンだしさ。何か知らないけど、芸能界に太いパイプを持ってるってことで、まあ、所謂、汚れきった、スカウトなんだよ。あの双子さ。この手で、かなり儲けてるらしくてさ。最悪だろ。情報を出版社や芸能事務所に流したりしてるんだよ。でも、めでたいよね。いつ、籍、入れるの」

 俺って何。何者なんや。佐藤兄弟、お前らも何者や。盗聴器と監視カメラ。芸能界。別にもう、怒る気もないけどな。今更、お前らに浴びせる言葉もないわ。

「まあ、明日にでも」

「おめでとうございます。最近、モノマネとかやらないんだ」

「いや、僕、画家なんで。それに何で、僕がここに呼ばれなあかんのですか」

「そう、そう。それなんだよ。あのさ、佐藤兄弟と、中学の同級生なんでしょ」

「いえ、違います」

「えっ、そうなの。敏腕プロデューサーと敏腕ディレクターから、聞いたんだけど、昔からの付き合いだって」

 嘘ばっかり吐きやがって。あいつらに生きる資格を与えてええんか。

「違います。でたらめです。あんな馬鹿教官と双子の弟。暑苦しいだけで。そもそも、何で僕がここに呼ばれなあかんのですか」

「そう、そう、それなんだよ。あのさ、佐藤静岡と佐藤鎌倉がギネスブックに載るんだよ。世界一、暑苦しい、そっくりな双子兄弟に認定されたんだよ。あの双子さ、顔も体も、身長も体重も全て、同じなんだよ。ほくろの位置まで、全く一緒。ほんと、馬鹿だろう、あの双子。週末和くんからの情報がバラエティ番組的に欲しくてさ」

「え、ギネス。言います。言います。佐藤静岡は、自動車教習所の教官で僕の教習中に煙草を吸いました。それから、僕の婚約相手に好きだとセクハラ発言をしました。許せないですよ」

「そりゃ、ダメだ。許せないね。俺からも言っとくよ。それに盗聴器だなんて。最悪だよね」

 スタジオ内を見渡すと親父と親父の組の若頭だった、木の実さんが腕を組み、こっちを睨んでいる。そして、でかい声でこう言うた。

「おい、木の実、道具、持って来い」

「はい」

「静かにしてください。生放送中です」

 何やら騒ぎよるぞ。この空間。やっぱりか。

「佐藤、けじめ付けろ。けじめや。双子そろって偉そうなこと俺の息子に言いやがって」

「一旦、CM入ります」

 何や。これ。パトカーのサイレンと救急車のサイレンが鳴り響いてる。冷静に考えれば当たり前か。俺は脂汗を大量にかくサングラスの司会者を尻目にスタジオを出た。楽屋に戻ると白いスーツを着こなす強面のおっさんがおった。

「はじめまして。コスモポリタンジャーニー出版の綾瀬と申します。我々の企画にご協力いただきありがとうございました。これ、ギャランティーの40万円になります。お受取りください。また、芸能界デビューをお考えであれば、コスモポリタンジャーニーグループにご連絡いただけると非常に助かります」

「はい。はい」

 順子に指輪でもプレゼントするか。すると、大声を出す、聞き慣れた声がこだまする。

「痛いです。やめて、やめて、やめてください。僕はカタギです」

「痛いです。やめて、やめて、やめてください。僕はカタギです」

「けじめだけは、付けなあかんで。お前ら、あほの双子兄弟よ」

「痛―」

「痛―」

「神様」

「神様」

親父が俺の楽屋に入ってきた。小指を二つ、揃えて、持って。まあ、あいつらに未来はないよな。せいぜい、ギネス認定を自慢して暮らすこっちゃな。嗚呼、疲れた。

「週末和。お前に話があるんや。俺な、母ちゃんと別れて、再婚することになったんや。お前も大人やさかいに理解してくれるか」

「そりゃ、構わんで。親父の好きにすればええよ」

「あのな、俺の再婚相手な、お前が通ってた、教習所の森田美里ちゃんっていう教官やねん」

げっ。あの森田先生かいな。世の中、狂ってるわ。ほんまにおかしい世の中や。赤面している親父。コーラを飲み干す息子。

「それでな、お前、テレビもほとんど観よらんやろ」

「そうやな。俺、テレビ嫌いやし」

「でな、俺、森田の姉ちゃんとな、漫才師、目指すことにしたんや。今日はちょっとした宣伝にお前の力、貸してくれて、ほんまにありがとうな。今度、中華でも皆で行こか」

順子、愛って不思議だね。親父、並びに森田先生、誠におめでとうございます。

 佐藤静岡よ。佐藤鎌倉よ。お前等、これからどうするねん。


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