9 蛹化(1)
秋は急速に深まり、とうとう雪が降り始めた。橋山の件について特に進展はない。もっとも、私のレベルにはそうした情報は降りてこないのかもしれないが。
あの後もう一度同僚とススキノへ飲みに行ったが、橋山が現れることはなかった。
週末が近づき、家に帰るため、あらかじめ荷物をバックに詰め込んでいたときだ。携帯が鳴る。祐美恵からで、時刻は午後六時半を過ぎたところだった。普段はメールしか送ってこないのにと思いながら電話を取った。
「どうした」
「久斗が変なのよ……。動かないの」
明らかに取り乱した声が聞こえてくる。
動かない。全身を貫くような緊張が走った。
「落ち着け。眠っているんじゃないんだな」
「揺すっても、大声を出しても、全然目を開けないのよ」
「久斗は今どこにいる」
「目の前。ベッドに寝ているわ」
「息はしているのか」
「うん。少しだけど、息をしているのは間違いない」
「頬をつねってみろ。痣がつくくらい強くだ」
電話口が沈黙する。わずかな時間なはずだが、ひどく長い気がした。
「だめよ……。全然動かない」
「体温計はあるか。久斗の体温を測るんだ」
「ちょっと待って」
どたどた走る音に続き、何かを引っかき回す音が聞こえてきた。
「あった」
再び、どたどた走り回る音。
「三十五度二分。これ……どういうこと」
「待ってろ、これからそっちへ行くからな」
一旦通話を切り、羽田行きの飛行機を検索した。九時千歳発の便に空きがあった。ためらわず予約を入れた後、上司に電話を入れる。
「息子のぜんそくがひどくて、呼吸困難になっているみたいなんです。申し訳ないですが、明日休ませてください」
突然の申し出に上司は文句を言ったものの、半ば一方的に押し切り通話を終えた。確かにいきなりだが、塩見たちが手分けして私の人数分を担当してくれれば問題ないはずだ。
胃を鷲掴みされたような感覚に晒されていた。部屋着から外出着に着替え、車に乗ってマンションを出る。千歳空港から飛行機で羽田に着き、タクシーに乗って家に到着したときはすでに深夜だった。