32 ミヤギ
明るい場所にいるのはミヤギだけだった。サコタと橋山の姿がない。
あいつらはどこへ行ったんだ。嫌な予感がしたので、走るのをやめ、ミヤギを観察した。
ミヤギの表情は異様に険しかった。虫を警戒しているというより、何かに怒っている風だ。銃は水平に構えている。こちらの方が暗いので、私たちの姿はまだ見えないらしい。私たちは用心のため、ガードレール沿いに移動した。
「おおい、こっちへこい」
ガードレールの向こうから橋山の声が聞こえてきた。ささやくような声だ。
「でも……」
フルタがミナミゴキブリモドキにかじられたのを思い出し、躊躇する。
「でもじゃない。そんなところへ突っ立っていられると、目立ってしょうがないんだ。ミヤギに撃ち殺されるぞ」
「どうして」
「ともかく中へ入れ。一人は奥を見てゴキブリの警戒をしてくれ」
私たちはガードレールの内側へ入り、祐美恵が森に銃口を向け、ゴキブリの警戒を始めた。
「どういうわけなんだ」
「奴の首筋をよく見てみろ」
道路とガードレールの間からそっと覗いてみる。ミヤギが暗がりへ入ってきていた。
銃は水平に保ったままで、上は完全に無視している。
首筋から背中に掛けて、赤黒い血が流れているのが目に入った。
「後ろから襲われたんだ。動脈まで行かなかったらしいが、それでもかなり出血している」
「フルタのバチが当たったのか」
「それだけなら奴の不運だが、あの野郎、俺たちを道連れにしようとしているんだ」
「おらあっ、どこに隠れているんだ。こんなに血が流れているんだ。早く俺を殺さないと、アリが襲ってくるぞ」
ミヤギは銃を構えながら、ニタニタ笑みを浮かべている。傷は深いらしく、足下にまで血がしたたり落ちていた。
「おまえ、弾は入っているか?」
「あと一発だ」
「奴を撃て。俺は空なんだ。今弾を込めたら、音で気づかれる」
「そんなのできるわけないだろ。あいつと相対して先に引き金を引ける自信なんかないよ」
「ガードレールの隙間から撃てばいい」
「それで致命傷を与えられればいいけどな。殺せなかったら居場所がばれてやられるぞ」
ミヤギがこちらを見た。にやけた笑みがいっそう大きくなり、銃口を向けてくる。
反射的に頭を下げた。
「声がしたな。そこ、何人いるんだ」
発砲音が響く。頭上のガードレールに弾が当たり、金属のぶつかり合う音が耳を貫いた。
恐怖で、痺れたように体が震えてくる。
「早く撃てったら」
「そんなことしたら先に俺が撃たれるよ」
「俺に貸せ」
橋山が私の銃を奪い取るように持った。そのときだ。
「おおい、早く出てこいよお。でないと全員撃ち殺してやるぞ」
声が間近に迫ってきたかと思うと、おもむろにミヤギの顔が頭上に現われた。にやけた目をしていた。
銃口が自分に向いている。
恐怖で体が硬直した。
逃げることはできない。
バンッ。
サイレンサーからこもった音が響く。
いつの間にか目をつぶっていた。痛みはない。
恐る恐る目を開けた。目の前に、目を見開いたままのミヤギが、ガードレールに体を投げ出すように覆い被さっていた。手をだらんと伸ばしている。
「遅いぞ。あと少しで殺されるところだった」
橋山がガードレールを乗り越えていく。足が震えて力が入らなかったが、ここが危険なのを思い出す。私もガードレールをよじ登るようにして越え、アスファルトへ転がるようにして着地した。
「人を殺すなんて契約にはない」
怒気を含んだ声とは裏腹に、サコタが呆然とした目で私たちを見つめていた。銃を構えているが、その佇まいに力強さがなかった。
「そんな悠長なことなんか言ってられるか。あの時点で殺さなかったらお前もただじゃ済まなかったはずだ」
「確かにそうだ。だから殺した」
橋山も、ようやくサコタの様子がおかしいのに気づいた。
「お前、人を殺すのは初めてだったか」
「ああ。なにせ自衛隊崩れだからな」
サコタは思い出したように笑みを浮かべた。ぎこちなく、顔面が痙攣しているようにしか見えなかった。
「今回はこれ以上追求しない。だがな、今後何かあったらすぐに行動しろ。もちろん俺は例外だがな」
橋山が私と祐美恵を見て、久々に嫌らしく笑った。怒りたいところだが、全身の震えが収まらず、立ち上がることさえままならない。