30 ミナミゴキブリモドキ(3)
フルタが走り出す。
サイレンサーつきのショットガンから、こもった発射音が響く。
背中の肉を弾けるように飛び散らせながら、フルタが前のめりに倒れた。
フルタはうつぶせになり、全身を痙攣させていた。ミヤギが近づき、つま先で蹴るようにして仰向けにさせる。
「生きながら食われるより、死んでから食われる方がいいだろ」
「助けて……」
恐怖でくしゃくしゃにゆがませているフルタの顔に、銃口を向ける。
カチャリ。チャンバーへ弾が送り込まれる音が響く。
引き金を引いた。
飛び出した散弾が、一瞬で顔を吹き飛ばす。鼻がもげ、唇もなくなった。両目から薄いピンク色をした脳漿が噴き出していた。乳白色の頬骨が露出し、その下には、前歯が一本だけ残った口腔がぽっかりと空いていた。一瞬の間を置いて、血が滲み出し、顔を真っ赤に覆っていく。
「お前……。正気かよ」
サコタは目を剥いてミヤギを見つめた。銃をぬいぐるみのように抱きかかええている。
「全く正気だぜ。それより、お前の方が動転しているんじゃねえのか」
ミヤギが挑発するように薄笑いを浮かべた。
「てめえ……」
「なんだ、やろうってのか。あいにくだが、弾倉にまだ一発残ってんだぜ。お前が銃を構える前に、フルタみたいに血まみれの化粧をしてやるぜ」
「二人ともよせ」めんどくさそうな顔をして橋山が割って入った。「経緯はいろいろあるあるかもしれないけどな、フルタはもう死んじまったんだ。ここでいがみ合ってもしょうがねえだろ」
「他人事みたいな言いぐさしやがって。手を挙げなかったお前が殺したんじゃねえか」
サコタが歯を食いしばり、橋山を睨み付ける。
「あんたもだ」祐美恵にも怒りの視線を向けた。
指摘されても、祐美恵は無表情でサコタを見ているだけだった。
「お前、なんでそんなに怒り狂ってんだ。あんなの死んだって、どうでもいいいじゃねえか」
「簡単に人を殺す神経が気にくわないだけだよ」
「どうかな」橋山が意味ありげな笑みを浮かべた。「単に後ろめたいから騒いでるんじゃないのか。フルタがあのままじゃ、俺たちが危険にさらされるのはわかっていたはずだ。心の底ではフルタが死んでほっとしているんだろ」
「違う……」
「なるほど。言われてみればそうだよな。本気で奴を助けたければ、俺に銃を向けていればよかったはずだからな。フルタが死んで安全になって、責任は俺たちに背負わせればいい。虫のいい話だ」
ミヤギの笑みに、嘲りが混じり始めた。
「違うって言ってるだろ」
サコタは阿修羅のように眉間へ皺を寄せ、ミヤギを睨んだ。銃を強く握りしめる。押し殺した憤怒が、体からにじみ出ている気がした。
「さあ行くぞ、フルタはもう死んだんだ。深く考えてもしょうがないだろ」
橋山が促す。
「そうそう。フルタはバカだったんだ。あんなの、早いところ死んでくれた方が俺たちのためだったんだよ」
ミヤギと橋山が歩き始めた。祐美恵も歩き出したので、私も釣られて歩き出した。
「くそっ」
振り向くと、顔を真っ赤にしたサコタが後をついてきた。
「ネエさん、すました顔して案外度胸が据わってるんじゃねえか。そこの自衛隊崩れとは違ってよ」
ミヤギが下卑た笑いを祐美恵に向けた。
「リスクを排除したかっただけよ」
人の生死を左右する事柄なのに、祐美恵は感情も表さず、さらりと答えた。そんな彼女に強烈な違和感と恐怖を覚えた。
再び、蛹を想像する。
強い視線を投げかけるが、祐美恵は気づかないのか、それとも無視しているのか。まっすぐ前を見て歩き続けていた。祐美恵は変わってしまった。